Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

悪徳小説家

「悪徳小説家」サーシャ・アランゴ

 

主人公のヘンリーはベストセラー作家である。
そのヘンリーは、自分の担当編集者の若い女性、ベティと浮気をしている。
ところが、そのベティからある日、妊娠したと告げられる。
どうするのか決断を迫られたヘンリーは、いったんは妻マルタに相談しようとするものの、翻意する。
ヘンリー自身はマルタとの間に子供ができることを望んでいた。ヘンリーは浮気な男だが、マルタを愛していたのだ。
夜、海辺の密会場所にクルマで出かけたヘンリーは、ベティのクルマにわざと軽く追突する。押されたベティのクルマは、そのまま崖から海中に転落。
自宅に何食わぬ顔をしてもどったヘンリーは、ベティから電話があって驚愕する。
なんと、ベティのもとにマルタが訪ねてきており、二人はそれぞれのクルマを交換していた。
すべてを知っていたマルタは、ベティとクルマを交換したあとで、ベティから聞いた密会場所に来ていたのである。ヘンリーは、ベティだと思いこんで、妻マルタを殺してしまった。
驚いたヘンリーは、慌ててマルタが発作的な自殺をしたような偽装工作を行い、ベティにも口止めする。
ヘンリーには重大な秘密があった。
実は、ヘンリーが書いた小説は、彼自身の手になるところは一行もない。実は、すべてマルタが書いていた。
彼女は、あくまで自分ひとりのために小説を書いていたので、発表する気はなかった。
それを、ヘンリーはマルタの承諾を得て、自分の名前で出版社に投稿し、デビューしたのである。
実はヘンリーは家庭では主夫業に専念しており、マルタは夜毎、執筆をした。二人は、その生活に満足し、幸福だったのだ。
ヘンリーは、最愛の妻が亡くなったのはベティのせいだと考え、ついに親友の漁師に頼んで彼女を殺害する。
警察はヘンリーを疑うが、何も証拠がない。
マルタが最後に書きかけの小説は、最後の20ページがまだ書けていなかった。
そのまま未完で出版しようとしたヘンリーだったが、出版社から思わぬ連絡が入る。
マルタは、ヘンリーの様子がおかしいことにとっくに気づいており、マルタに会いにいった。
そして、最後のページを、別に郵便で出版社に送っておいたのであった。
ヘンリーは呆然とし、これから隠遁することを決意する。。。


小説家を主人公にする作品を続けて読んだわけだが、先に読んだ「幽霊の2/3」と共通しているのは、いずれも作家が「ゴースト」だということだ。
本作の主人公ヘンリーは、実は「主夫」で、本当の作家はマルタだった。
ヘンリーは幼い頃から恵まれない環境で育ち、わかりやすくいえば「ろくでなし」だった。
しかし、悪で染まっているわけではなく、ときに善行も行う。
これが主人公の魅力で、人間とはそういう「まだら模様」があるものだと思うのである。
そして、マルタは、そんなヘンリーをすべてわかっていて、それでも愛していた。
ヘンリーも、マルタといる間は、流行作家の仮面をかぶりながら、実は家庭では良き「主夫」であり、なんの不満もなかったのである。
ただ、ヘンリーはろくでなしなので、女癖は悪かった。
そんなことも、マルタは知っていたのである。
自分に向けられた純粋な愛を知って、最後に愕然とするヘンリーが哀れだ。

悪漢なのに、なぜかヘンリーに同情してしまうのである。


評価は☆☆。
なかなかおもしろく、読み始めると止まらない。

「決して一人でいないよりは、いつも一人のほうがいい」
これはこの作品のキーとなるセンテンスなのだが、この日本語は直訳であろう。
実にこなれていない。
「まったく孤独のない人生よりは、孤独のほうがマシである」
ぐらいのニュアンスだろう。


ヘンリーは、マルタといるときでも孤独があった。
彼女の執筆時間を、邪魔するわけにはいかなかったからである。
夜中に執筆し、遅く起きてくる彼女のために朝食をつくる。
その生活をヘンリーは楽しんだし、それでなんの不満もなかった。
日々の繰り返しが幸福だったのに、その幸福を壊したのはヘンリー自身である。
それだけに、やり場がない。
気持ちが、よくわかる。
だいたい、幸福を壊してしまうのは、いつだって自分自身なのだ。