「逃げる幻」ヘレン・マクロイ。
舞台は1945年、終戦の年のスコットランド。主人公のダンバーは米軍所属の精神科医で、休暇を利用してスコットランドのネス村にやってくる。その飛行機の機内で、地元の貴族ネス卿に出会う。(このネス村は、のちに「ネス湖のネッシー」で有名になるのだが、本書の時点ではまったく無名の片田舎の村である)
聞けば、そのネス卿の親戚の子供、ジョニーは1か月の間に3度も家出をくり返しているのだという。
そして、ダンバーが到着したその日にもジョニーは家出し、やがてダンバーが逗留することになった屋敷の別館の一室で発見される。ダンバーは抵抗する少年を取り押さえ、なんとか家族のもとに連れていく。
その後、少年は再び家出し、皆が見ている前の荒野で煙のように掻き消えた。
捜索にでた一同だが、そこでジョニー少年の家庭教師、フランス人のシャルパンティエが殺されているのを発見する。行方不明のままの少年の捜索も続く中、ダンバーは荒野で足を滑らせて不思議な先住民の穴居住居のあとに落ち込み、少年を発見した。少年は家に連れ帰られたが、そのとたんに再び姿を消す。
一方、シャルパンティエ殺しの犯人を警察が捜査することになり、少し以前から村に滞在しているアメリカ人の哲学者ブレインが疑われて、警官が屋敷を見張っていたところにダンバーが米軍の上司の将校ウィリングとともにやってくる。ブレインの正体はナチスの残党の逃亡兵ではないかと疑って、事情聴取に来たのである。ブレインと話をしたいと言ってドアをたたくが応答がない。なんと、ブレインも殺されていたのである。一見すると、屋敷の窓はすべて内部からカギがかけてあり、玄関は警官が見張っていたので密室に見えたのだが、小さな換気窓だけが開いていた。
連続殺人の犯人とその動機を、ウィリングが推理する。。。
この作者の作品としては、以前に「幽霊の2/3」があった。「幽霊」というのは文字通りゴーストライターだったという話だったが、なかなか面白かった。米国人の女流作家なのだが、珍しく正統派ミステリを書く人という印象である。
本書も同じで、クラシックで正統派のミステリ。なんだか、古びたおばあちゃんの宝石箱を開けてみるような趣がある。
評価は☆。
米国の作家は以後は正統派ミステリは徐々に後退し、代わりにハードボイルドが盛んになる。謎解きの面白さは、本場の英国やフランス、そして日本に残ることになる。
「謎解き」というのは、いわば作家と読者の「騙しあい」なので、騙されて喜ぶ(もちろん、謎を看破して喜ぶ人もいる)という、ちょっと余裕がある人(マゾなのかもしれないが)でないと楽しむことができないと思う。
米国で謎解きが流行らなくなったのは、それだけかの地の環境が過酷だからであろうと思う。物質的、金銭的に米国は豊かであるけど、精神的な余裕を育てることは難しかった。普通に生きること自体が強烈な競争にさらされている。米国人が家族を大事にするのは、周囲の人の中で、ただひとつ競争しなくて済むからではないかと思っている。私自身は、とても米国に住めそうもない。甘い甘い、日本人なのだなあ。