Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

江戸っ子はなぜ蕎麦なのか?

「江戸っ子はなせ蕎麦なのか?」岩崎信也。

私は、蕎麦屋酒が好きである。勘違いしてはいけない。「蕎麦」が好きなのではなくて「蕎麦屋酒」がすきなのである。
私の生国は西日本であるから、麺といえばウドンだし、納豆は食わない土地柄だ。しかし、東京で「蕎麦屋で日本酒をやる」楽しみにはすっかり参ってしまった。出し巻き、天ぷら、焼き海苔、蕎麦がき。いやあ、楽しいことこの上ない。

で、本書だけど、そういう「江戸っ子は蕎麦」の発祥を追及した本である。どうやら、江戸も当初はウドンだったらしい。そもそも「蕎麦屋」とは言わないで「うどんや」であり、そのメニューの中に蕎麦もある、程度の扱いであったようだ。
本格的に文化文政のころになると、蕎麦屋が隆盛となる。「けんどんそば切り」がもともとであって、「けんどん」とは「愛想がない」という意味である。一人前が一度に出てきて、追加がないので愛想がないわけだ。現在でも江戸前寿司で「おまかせ」を頼むと、こちらの顔色を見ながら握ってくれる。あれは「けんどん」ではないわけだ。
どうも「つっけんどん」の「けんどん」の意なのであろうか。

ひどいのは有名な「夜鳴き蕎麦」で、ある亭主が夜中に「腹が減った」と帰宅した。妻が「なんだ、それなら売り物の蕎麦を食べればいいじゃない」といったら「あんな汚いものが食えるもんか」当時の屋台は肩にかついで持ち運ぶ。その屋台の中に、つゆ用の水も蕎麦茹で用の水も運ばないといけない。どんぶりをマトモに洗うわけもないので、不潔で有名で、江戸っ子は文句を言っていたらしい。

評価は☆。ま、蕎麦好きであれば。

本書でたびたび紹介される江戸時代の「蕎麦大全」という本が面白い。著者は友蕎子なる無名の人物で、この本以外はぜんぜん知られていないので、まったく正体不明の人物なのだそうである。ところが、この人物の蕎麦狂いぶりが半端ではない。「最近の蕎麦屋はダメだ、小麦粉ばかり入れやがって」「蕎麦は生粉打ち、つまりひきぐるみの粉をつかって、つなぎなしで打たないとだめだ」「蕎麦湯はあとで」「つゆは鰹節を使わないで辛味大根がいい」「海苔は歓迎できないが、使うなら浅草海苔をあぶって」など、うるさいことしきりである。数寄物とはこういうことであるよなあ。時代を問わないぞ。

面白い話を紹介しよう。「月見蕎麦」とは、今ではかけそばに生卵を割りいれたものだと思われている。これは、とんでもない手抜きなのである。本当の「月見」は「田毎の月」でなくてはならぬ。蕎麦の名産地である信州は棚田である。その村の名前が「田毎」。で、満月がでると、その棚田の一枚一枚に月が写って非常に美しい。名月の里であり、蕎麦の産地であるわけだ。
で。本物の「月見蕎麦」は、まず蕎麦の上に海苔を4つ並べて、「田」をつくる。その上に卵を割って「月」をつくる。その上から熱いつゆを注ぐ。すると、卵の白身がほのかに白くなり、「月にかかった雲」を表現するのだそうである。
じつに風情のある蕎麦ではないか。

風流人の皆様は、自分でこの「本物の月見蕎麦」をおつくりになってみればどうだろう?私もやってみようかな。