Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

尼首二十万石

「尼首二十万石」宮本昌孝

この人の本は、以前に「剣豪将軍義輝」を読んで以来だと思う。
短編集であるが、なかなか巧みな構成で、感心させられた作品が多かった。

表題作は、鎌倉の東慶寺が舞台で、いわゆる縁切寺として有名な寺なのだが、ネタバレすると、幕府にとっては「家康公のお墨付き」で特権を行使する東慶寺が目障りなので、陰謀をもってこれを取りあげようとする。
それを、出入りの餅屋にふんした隠密が看破、阻止するという話である。
表題作であり、筆者の思い入れもある作品のようであるが、やや地味ではある。

収録作品の中では「袖簾」が面白い。
室町末期は京都の治安も剣呑であるから、僧兵のような自衛手段が寺にも必要である。
で、尼寺はどうしたかというと、女性でも男性に負けない怪力、大兵の尼僧がいたわけである。
京都の慈明院の天光という尼武者も、そんな一人であり、しかも武勇無双、男にも負けぬと有名が高かった。
そんな彼女も女である。
伊勢貞宗という立派な武士に恋をした。貞宗が、それとなく自分を見張ってくれており、危
急のときには助けてくれたからである。
きっと、貞宗様も私のことを憎からず思ってくれているのではないか、と思うのである。
ところが、ふとしたきっかけで、その思いは崩れる。
貞宗が、天光に武芸者との試合を望み、大女の怪物よばわりしたからである。
恋に破れ、失意の天光は気づく。では、いつも自分を気にかけてくれていたのは、誰であろう?
その人物こそ、伊勢貞宗の家来で、伊勢新九郎、のちの北条早雲であった、という話である。

武勇で鳴る尼武者の内心に、乙女らしい恋心と、その恋に破れた時の悲しさ、そして本物の愛に気付く陽転が見事に描かれており、実に清々しい一篇になっていると思う。

ほかには「はては荒の」の三好之長の活躍と最期を描いた作品が、戦国の荒武者の気構えと悲しさを描いて好篇であった。

評価は☆。
なかなか味のある文章で、かつ、構成もよく練られている。
戦国の世の荒々しさと、その中でも失われない人間の情の機微をうつして見事である。

時代物の短編集というのは、さらさらと読めてしまうので、ちょいと敬遠するところがあった。
読んでみると、巧みなものもので、物書きの腕前のすごさを思い知らされる。
意外に、紙数を費やす作品よりも、こういう短編をさらりと仕上げるほうが難しいのかもしれない。

しかし、久しぶりに雨の日曜日、のんびりと時代小説なんぞを読んでいると、浮世の憂さも忘れるもんですなあ。