「司法占領」鈴木仁志。
近未来小説。ときは西暦202X年。
日本の司法制度は米国流のロースクルール制度を踏襲し、カネがありさえすれば、司法大学院を卒業して大幅に緩和された司法試験を受けて弁護士となれる。
その弁護士のタマゴを、米国の大手弁護士事務所の日本支社が大量に採用する。
なぜなら、日本企業同士で結ばれる契約書が「正本が英語」となっており、「米国法に基づく」「裁判所の管轄は米国裁判所とする」と定められているのが主流になっているからだ。
当然、これら大手の日本企業を顧客にしているのは大手米国弁護士事務所であり、アメリカ人のパートナー弁護士の下に、日本人アソシエイトがついて、英語の契約書を日本語訳することになる。
彼らは、日本での司法試験を受けたあとで、米国の六法全書を叩き込まれるわけだ。
主人公の内藤も、そんなロースクール卒業生である。裕福な学友とは違って、彼は苦学しながら優秀な成績で卒業。
大手の米国弁護士事務所に就職する。
そこで待っていたのは、過酷な業務で残業、徹夜、休日出勤当たり前の世界であった。
競争は厳しく、落ちこぼれはたちまち肩を叩かれる。同期の中で厳しい競争を勝ち抜いて、やっとチーフアソシエイトに上がれる。
内藤はそんな中で優秀な業績を収めていくが、あまりに拝金主義的な上層部のやり方に批判的になる。
そこに、唯一の日本人パートナー弁護士から、このような状況になった米国の目論見を聞かされる。
米国司法界は、まさに日本を植民地扱いしているのだった。
疑問を感じた内藤は、ついに事務所をやめる。
今度は日本人の小さな弁護士事務所に勤めるが、そこで待っていたのは、まとまりそうな話をわざわざ紛糾させて訴訟にもっていくという先輩弁護士のやり方だった。
そうでもしなければ、小さな事務所は食べていけない、というのだ。
内藤は、生活の厳しさを抱えながら葛藤する。
ロースクール時代の旧友に連絡をとるが、彼らはいずれも単なる事件屋に身を落としているのだった。
さらには、刑事事件を起こしてしまい、内藤に弁護を依頼する者まで現れた。
そこに、かつての米国弁護士事務所の事務職だった女性が助けを求めてくる。
米国人チーフアソシエイトにセクハラを受けたというのであった。
内藤は、かつての自分の職場を相手に立ち上がる。。。
なかなか、おハナシとして面白い。
特に、司法制度について若干の知識があれば、興趣が増すと思う。
評価は☆。
本書の見どころは、実は「解説」なのである。
そこには、米国が年次改革要望書で司法制度改革を要求してきた経緯が書かれており、これに警鐘を鳴らしているのだ。
で、面白いのが、その警鐘を鳴らしている政治家なのだ。
それは、なんと「前法務副大臣」の「河井克行氏」なのである。(笑)
もちろん、現在では「前法務大臣」である。
この手の「米国陰謀論」はなかなか人気があって、おおまじめに「TPP亡国論」なるものまで現れた。
貿易の世界を米国支配する陰謀だというわけで、その糸を引いているのはユダヤ金融資本だという話になっていた。
ご存知のように、そのTPPはなんとアメリカのトランプが加盟を拒否してしまい、日本とオーストラリア、東南アジア諸国で貿易ルールを策定している。
そうすると、トランプは「ユダヤ金融資本と戦う正義の男」にするしかないのだが、トランプの女婿はユダヤ人だし、トランプはイスラエルの首都をエルサレムだと認定してしまった。
ものすごいユダヤ贔屓であることは明らかである。
どう説明をつけているのか、もうバカバカしいので追う気にもならない。たぶん、ユダヤ金融資本とイスラエルは違うユダヤ系統だ、などと言うつもりであろう。
理屈と膏薬は何にでもつく(笑)
本書の警鐘も見事に大外れに終わっており、日本版ロースクールとして法科大学院が鳴り物入りでスタートしたものの、卒業生が肝心の新司法試験にさっぱり受からない。
かなり難易度を下げたはずなのだが、それでもダメ。
よって、法科大学院卒の弁護士は増えず、米国大手弁護士事務所もまるで勢いがない。
「世界を意のままに操る」陰謀組織も、日本人学生の遊び癖だけはどうにもなりませんでした、というオチなのである(笑)。
ま、陰謀論はそんなものであるが、なあに、大丈夫。
なにしろ、陰謀論者は外れた予測の話などは決してしない。なぜなら、新しい陰謀論を撒き散らすほうに忙しいからである。
なんと前向きなやつらだ(苦笑)
そういうわけで。
本書を読んでも、別に国を憂える必要はない。
爽快な復讐劇を堪能して、スッキリすればいいのである。
幸せな話ですよ。