「五十六・isoroku」柴田哲孝。副題は「異聞・真珠湾攻撃」
主人公は山本五十六。あの連合艦隊司令長官である。アメリカのルーズベルトは、日本人に対する人種的偏見と盟友のチャーチルを救うため、日本に先制攻撃をさせようと圧力をかける。その米国には、日本に協力者がいるのだ。その協力者こそ、山本五十六である。彼とルーズベルト、そしてモーゲンソーもハル長官もすべてフリーメイソンの仲間なのだ。さらには、海軍出身の大使、野村吉三郎もその仲間である。
米国は山本に真珠湾攻撃をけしかけ、攻撃するなら当日の守備は真空にしておく、という。かくて、世紀の作戦が始まった。
大使の野村は、わざとタイプのミスを指摘して宣戦布告文書の手交を遅らせて、ルーズベルトは目論見通り、枢軸国側に参戦する名目を得る。。。
さて、陰謀論と小説の違いはナニカ?
違いはひとつある。陰謀論は「これが隠された真実なのだ」と主張する。小説は「歴史上の新解釈」だという。基本は嘘かもしれません、ということなのだ。本書は、陰謀論だけど、小説と名乗っているだけ始末が良いというのが取り柄の作品である。
評価は☆。
まあ、新解釈を繰り出す必要性があるからなのだが、とにかく都合が悪い史実には全部フタをするので、ちょいと史実を知っていると平仄が合わないことだらけでもある。
まず重要なのが米国の日本の暗号無線の解読の問題なのだが、この小説に描かれるように、外務省電をすべて解読していたことは事実である。しかし、海軍の暗号をすべて解読していたかのような記述はおかしい。米国が海軍の暗号を解読するのは、日本の潜水艦を撃沈して暗号書を手に入れた1942年の1月まで待たないといけないのだ。その後も、完璧に日本海軍の暗号を解読できたわけではない、というのが定説である。日本は統帥権が政府に対して独立していたので、ハワイ作戦を外務省が知らなかった。つまり、外務省電をいくら解読しても、ハワイ作戦を事前に察知することはできない。海軍の暗号はまだ解読できていない。このへん、小説とは違うのだ。
さらに、ハワイ作戦当日、米海軍はわざと空母を逃していたという話になっているが、これもおかしい。空母が海戦の主力になるのは、まさにこのハワイ以後なので、それまでは主力艦=戦艦である。日本海軍が戦艦大和をつくっていたので阿呆だと言われるが、米海軍も負けずに戦艦をどんどん作っているのだ。ワシントン条約で空母に排水量の割当ができるのだが、当時は巡洋艦と同じく「補助艦」と言っていた。もしも米海軍が空母の時代の到来を見通して、戦艦だけをオトリに残して空母だけ逃していたなら、それは千里眼か超能力である。真珠湾の結果、戦艦がみんなやられてしまったので、生き残った空母を主力に作戦を立てざるを得なかった。それが怪我の功名で、じつは時代を先取りした大成功だったというわけだ。実際に真珠湾のあと、マレー沖でも英国の戦艦プリンスオブウェールズとレパルスが撃沈されて、ようやく世界は「飛行機で戦艦を撃沈できる」とわかり、衝撃を受けることになる。それまでの海軍の常識では、飛行機では戦艦を撃沈できないと思われていたのである。
つまり、「陰謀論あるある」なのだが、後知恵で「このような結果になったのは、当初からそんな目論見があったに違いない、そうでないとこんなにうまくは行かない」というのである。あとの結果から考えるのだから、矛盾がない理屈ができるのである。しかし、実際の世の中は、矛盾と誤算と偶然と必然がカクテルになっているのだ。ひょうたんからコマ、はたびたび起こる。
あとで矛盾が起きない理屈の代表例は「それは信心が足りなかったから」で、これですべての悪は説明できるのだが、だからその説明が正しいというわけではない。理屈が無矛盾であることと、その主張が真であることは一致しないのだ。
一つ言えるのは、たしかにルーズベルトは日本人をサル呼ばわりしていたレイシストだったということ。ルーズベルトの周りには、ソ連のスパイや共産主義者がうようよしていたということ。こんな連中が、のちにレッドパージで排斥されるまで、政権中枢に巣食っていたのは事実である。一番得をしたのはスターリン(背後のシベリアを日本に突かれる危険がなくなり、独ソ戦に集中できた)なのは間違いない。なので、スターリンの陰謀はあったかもしれないし、ルーズベルトはそこでうまく踊ったかもしれません。しかし、だから山本がスパイだというのはちょっと相当猛烈飛躍している。
フリーメイソンの仲間だから、というが、フリーメイソンはライオンズクラブと大して変わりがなく、会員の推薦があれば入れるのである。ソースは高須院長だ(笑)
実を言うと、この時期の米国の機密文書は、いまだ開示されていないものが多数ある。あのトランプですら、閲覧許可が出なかったものである。真実は永遠の闇の中かもしれませんね。