Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

大明国へ、参りまする

「大明国へ、参りまする」岩井三四二

 

誰が言い出したのか、日本3大悪人は、僧道鏡平将門足利尊氏である。このうち、道鏡平将門皇位の簒奪を企んだのであるから、悪人の名にふさわしいと思う。しかし、足利尊氏はどうだろうか?後醍醐天皇から親政を奪って、北朝皇位につけてしまったので悪人扱いされているわけだが、それを言えば古の藤原氏などは、そんな話の連続である。自分の娘を皇后にするために、退位を迫るなど、朝飯前だったのだから。それでも、いわゆる五摂家のルーツであり、貴族の筆頭なので、遠慮して皆が言わないだけではないかと思う。だいたい、後醍醐天皇の親政がいかにしっちゃかめっちゃかだったかは、かの民主党政権も及びもつかない酷さなのだ。あれに比べりゃ、ハトポッポですら名宰相といえるくらい(苦笑)よって、足利尊氏は除外してあげても良いと思うのである。

代わりに、堂々のランクインを果たすべきは、その孫の足利義満である。何しろ、本当に皇位の簒奪を企んだのだから。

この小説は、そんな義満の思惑に翻弄された遣明使節の有様を、飯尾甚兵衛なる小役人の苦労を通して描く。

 

主人公の飯尾甚兵衛は飯尾一族のコネで勘定方の端役をもらっているが、まったくうだつが上がらない。そんな甚兵衛に、ある日、本家から声がかかる。今度、北山殿(義満)が明国に船を出す。その船に乗り込む土官という新しい役職に推挙されたのだ。うまく帰国すれば、恩賞方に昇進させてもらえるという。恩賞方は地位も上だし、何かと副収入も多い。出世のチャンスである。

かくして、甚兵衛は、正使の僧侶たちを支える土官の長として、遣明船の差配をする。ところが、実は足利幕府の財力では、その遣明船の費用すらままならないのだった。カネをかき集めなければならなくなった甚兵衛は、大名どもの合力では到底及ばないことから(あれこれ理屈をつけて渋られる)船に商人どもを載せて、彼らから船賃を取ることにした。商人たちは、当時は表向きは禁止されていた明国と貿易をして巨利をあげるチャンスとみて、いろいろな思惑を持って乗り込む。さらに、航海中に土官のひとりが何者かに殺されてしまう。どうやら、船に積んでいる国書が狙われているらしい。犯人は、商人たちか、あるいは土官の中にいるらしい。誰が犯人かわからないまま、船はついに明国の寧波に到着する。。。

 

主人公の甚兵衛は、本当の小役人で国書の内容などまるきり興味がないのだが、仲間の土官から「明国の皇帝から国王に任ぜられるとは、どういうことか。北山殿(義満)が日本国王ならば、帝はいったいどうなるのだ?」と詰問される。そこで、はじめてぼんやりと事態の重大さを悟るのだが、彼の立場では何もできない。単に、土官の役目を果たすように、目の前の問題に取り組むだけである。やがて、国書をめぐるそれぞれの国の思惑を僧侶たちから聞かされ、ようやく理解するのである。

 

評価は☆☆。

歴史的な事件であっても、その真ん中に投げこまれた人物としては、ただただ目の前で起こる事態に対応するだけで精一杯であろうと思う。大いに共感。

 

ところで、小説外の話になってしまうのだが。

無事に朝貢を済ませた足利尊氏は、これでいわゆる「勘合貿易」ができるようになって巨利を上げる仕組みを確立するわけだが、いよいよ皇位の簒奪直前になって突然死して、この目論見は露と消える。この死については、昔から暗殺疑惑が絶えないのである。

ただ。もしも暗殺だとすると、当時、権力の絶頂にあって、露見すれば必ず死罪という命がけな任務に挑んだ人物が、どこかにいたことになる。衰微する一方の朝廷に、誰がいったい義理立てして命をかけたのであろうか?真実は、今でも、闇に埋もれたままなのだ。まさに、歴史のロマンを感じるのでありますねえ。