Single40'S diary

「40過ぎて独身で」の作者が、あっというまに50代を迎えたブログ

人前結婚式について

最近、離婚が減少しているらしい。識者の解説によると、なんでも2007年度から離婚した場合、厚生年金の分割ができるそうで、それまで待機しているのだそうな。
「今まで何十年もガマンしたのよっ!今さら、あと2年くらい、どうってことないわっ!」ってことだろうか?それなら、いっそズーッとガマンすれば、、、と思うんであるが、そうはいかないのだろうな。

ところで、他人様の結婚式に呼ばれてばかりの私であるが(自分のがないから、結婚式収支は大幅な赤字であり、かつ、回収の見込みがない。。。泣)最近「仲人ナシの人前結婚式」がやたら増えた。
来賓一同を前に「私たちは結婚しました」「これからも末永く、仲良く暮らしていきます」などと宣言するのである。
「共同体の認証」を求める行為としては、純粋なんだろうと思う。つまり、新婚夫婦が、今後も共同体と見なす人たちばかり呼ばれているわけだから。
だけど、実は私は、相当な違和感を覚えるのである。

だって、そりゃ宣誓する当人達は良いのかもしれないけど「宣誓される」こっちの身にもなってみて欲しい。そんなもん、誓われてみたって、正直な話、どうしようもないんである。
仮に、お二人が何らかの理由で破局したとしよう。
そのとき「おい、おまえは結婚式のとき、私に誓ったのに、ウソつきではないか?」と責めることができるであろうか?
断言するが、それで思い直すくらいなら、そもそも離婚に及ぶはずもない。
すなわち、人前結婚式における宣誓が、単なるセレモニー(儀式)であることは、疑い得ないことである。なんとも、どうとも、しようがないわけである。
まぁ、実効があるケースは、元彼元カノが列席者の中にいる場合に「金輪際、アンタとは赤の他人ですからねっ!」と宣言する効果がある場合くらいであろう(そういうケースが多いのかもしれんが。。。)

仲人を立てないのは、早い話が、結婚後の「面倒」はお断り、という意味なんだろうな。仲人は、そもそも両家(つまり家同士だ)のバランスをとるための第三者であり、そういう「家」と私たちの結婚は関係ないです、ということなのかな?
それで、列席者来賓一同という集団に宣誓する形式をとる。誰が責任者かもわかんない。会社でよくわかるとおり「みんなの責任=無責任」ということはないのかな、と思う。

結婚って、ともかくも、以後の人生をずぅーっと一緒にやっていきます、ということだろう。
離婚前提に、結婚する人もいないだろう。
そこに「私たち二人だけ」の世界観があるようで、どうもひっかかる。
とりもなおさず、これから「世間」をわたっていかなければならないのに、そんなに戦略がなくて大丈夫か?の思いである。
早い話が、職場で今後、付き合っておけば有利な上司を仲人にしてしまう位のしたたかさもなくて、ホントに大丈夫かい?世の中、使える機会は使ったほうがいいかもしれないよ。お節介かもしれんが。

私は、たまたま会社内では地位があるほうだから、主賓の挨拶など依頼されることが多い。いまだ独身の私は、他人様の挨拶をしている場合じゃないはずである(^_^;)
そして、毎回、誓いの言葉を聞かされる。40過ぎの結婚できませんでした野郎が、結婚式の宣誓を「される側」にまわっているわけであるよ。なんだかなぁ、と思うのである。

たんなるヤッカミであろうか?
ううむ、だんだん、そんな気がしてきた。。。