Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

あやし うらめし あな かなし

「あやし うらめし あな かなし」浅田次郎

短編集であり、題名のように怪談話を集めたもの。
巻頭の「赤い絆」と巻末の「お狐様の話」は、同じ舞台で、関東地方の有名神社の宿坊で、子どもたちが伯母から寝物語に怪談を聞く、という趣向になっている。

赤い絆」では、この宿坊に、男女が夜中に一夜の宿を求めてくる。
暗い夜で迷わないため、という話で、ふたりの手は真っ赤な紐で結ばれている。
男は将来を嘱望された帝国大学の学生、女は同年代とみえるが女郎商売をしている。
男の実家は名のある旧家だから、この二人の先行きはくらい。
宿を提供した神主の曽祖父は、悲観するな、実家には私が話をしてあげようといい、男の実家に電話を掛ける。
官幣社の神主といえば、戦前は貴族と同列であるから、相手の親も驚き、ともかく朝一番の列車できて話し合いをするという。
ところが、その夜、二人は猛毒の猫イラズを飲んでしまうのだ。
発見されたとき、男は既に死に、女だけが瀕死で生き残っている。
医者は、もう手のつくしようがない、という。
神主は、女を介錯してやろうと心遣いをみせるが、医者は殺人罪に問われるとして、これを止める。
神主は仕方なく、昇霊の詞をあげてやる。
そこに、男の家族が来る。父親は、女の枕元に行き、「はよう死ね。なんでお前だけ生きている」という。
やがて駐在と医者が来る。
2人とも、「あの二人は心中して死んだ」という。
宿坊の子供(のちの伯母)が様子を見に行くと、なんと女は生きていた。死んだ男の隣で、しっかりと赤い紐で手を男の遺体とむすばれている。
女は虫の息で「お水をちょうだい」という。
驚いた子供は水を持っていこうとする。しかし、母親が「ダメです」という。
家族の者も、駐在も、医者も、皆が女を「死んだ者」として扱っていたのだった。
そして、そのまま、やがて女は息絶える。
その女が息をひきとった部屋が、子どもたちが寝かされているこの部屋である。
いらい、この部屋には「出る」ようになった。
ゆえに、客は泊まらせないことになった。。。

評価は☆☆。
さすが浅田次郎である。
怪談のうらに潜む「かなし」を、見事に救い上げた短編たち、である。
この人の筆力は、まことにすごい。
こんな小説を、なかなか他の作家は書けなくなった。
なんでか?
はっきり言うが「ベタ」だから、である。
作家になる人の神経からいえば、浅田次郎は「臆面もない」のであって、たぶん羞恥に耐えないのであろう、と思う。
だけど、こんな「ベタ」でもいいじゃないか。
現実は、もっと臆面もないもの、なのである。
大人の童話としては、このくらいの臆面もなさ、はむしろデリケートといってよい。

たぶん、浅田次郎は、そんな現実のすさまじさを知っているから、こういう物語が書けるのだろうと思う。
人生には、結局何も無駄はない、そんな気がするんですなあ。