Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

55歳からのハローライフ

「55歳からのハローライフ」村上龍

55歳を迎える主人公たち連作短編。
だけど、みんな55歳ではない。60台の主人公も多い。
人生の山を越えて、そろそろ「落ち着き」が出てきたはず、の年齢である。
しかし、それは実は、世間が勝手に作り上げたイメージでしかない。

夫と離婚した女性は、それなりに充実した日々を過ごしていると思っていた。しかし、どこかで、なんとなく寂しい思いもある。
パート先の仲間たちのすすめで、結婚相談所に。
そこで「そんなに高望みしても、相手は見つからない」とプレッシャーを受ける。
会う相手は、どこかおかしな人ばかり。そう、考えてみれば、彼女が考える「平凡な人」は、ここには登録していないのだ。
傷心の彼女は、ホテルのバーで、ふとした出会いをする。よくあるワンナイトラブかもしれない。
そこで気づいた。それでも、離婚してよかったのだ、と。

あるいは、リストラされて、しかし子供はまだ大学を終えておらず、生活の危機に直面する男。
あるいは、退職後の人生を妻とともにキャンピングカーで日本周遊の旅という夢を持っていた男が、妻にも自分の時間があると告げれられたり。
可愛がっていた愛犬の最期を看取るときに、今まで知らなかった夫の心遣いを初めて感じたり。
一目ぼれした相手に拒否されて、改めて自分に何ができるか考えたり。

人生の55年といえば、それは長いように感じる。
しかし、過ぎてしまえば「あっという間」なのである。
そして、他人は、55年も生きていれば、さぞかし何か完成されたものがあるだろう、と考える。
そんなのは、幻想である。
あっという間にすぎた時間の中で、大して成長しちゃいないのだ(他人はわからんが、私はそうだ)
相も変わらず、悩み、不安を感じ、美人に親切にされると舞い上がる。情けない。
そんな55歳の姿が、等身大に描かれている。


私が高校生の時に「限りなく透明に近いブルー」を読んだと思う。
とても衝撃的だったが、村上龍は「風俗作家」だと思っていた(笑)。「コインロッカー・ベイビーズ」もそんな感じだった。

評価が変わったのは「愛と幻想のファシズム」「5分後の世界」あたり。
この作品は、日本のSFの金字塔だと思う。主流文学としての評価はどうだか知らないが、きわめて良質のSF(思弁小説)である。
その系列では「半島を出よ」もそうだ。実に、面白い。話が超現実からスタートし、それがだんだんと現実に圧倒され、日常に着地していく様は、理想が挫折し現実に妥協していくプロセスをなぞる。
そうか、これが村上龍だったんだ、と納得した。

そして、本書。
ここでは、村上龍はすでに「理想」を掲げなくなっている。
ほろ苦い現実、置き去りの一人一人の人生を掬い上げていく。実に丁寧に。
高尚で、どこか空虚で現実ばなれした理念を、ついに捨て去ることに成功したのか。

しみじみとした、良い小説である。
評価は☆☆。

私も、そろそろ登場人物たちの年齢に近づいてきた。
相変わらず、一向に何も悟れないまま、馬齢を重ねてきたのである。
冷静に考えれば、毎日、不安ばかりである。
ただ、その不安こそが、生きるということであると、ようやく、それに気づいたばかり。
安心立命の境地は、この字面に反するようではあるが、おそらく、あの世に旅立つときまでないだろうと思う。
生きることは、苦しむことであり、不安に悩むことである。

他人に、何ができるというものでもない、と思う。
おそらく、妻子がいても同じであろうし、もっと苦しみは深いかもしれない。

本を読み、酒を飲み、ねーちゃんにはいっこうに持てず、たまに美味いものを食った。
カネを儲けて、また大いに失った。ばかばかしい苦労ではあるが、しかし、なんとか、やってきた。
これからも、そうするだろう。
それ以上のことが、自分にできて、たまるか。

この年齢になって覚えた唯一のことは「開きなおり」かも、しれませんなあ。