Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

もっとも美しい数学 ゲーム理論

「もっとも美しい数学 ゲーム理論」トム・ジーグフリード。

ゲーム理論は大学の頃にブルーバックスを読んだのが最初である。おぼろげに、輪郭は理解していた。
また、行動経済学の本などにもさわりの紹介はあって、割に馴染んだものである。

本書は、ゲーム理論の入門書ではない。
ゲーム理論から始まった数学が、統計力学との邂逅を得て、社会科学へと応用されていく経過の紹介である。
ゲーム理論って何?」という人には向かない本だと思う。それなら、ブルーバックスを読んだほうがいい。

ゲーム理論はかの有名なフォン・ノイマンが着想したもので、複数のプレイヤーが自分の利得を最大にするための行動を数式化したものである。
囚人のジレンマ」が代表例である。
入門書には、この「囚人のジレンマ」によるパラメータ設定による協力戦略への変化などの説明がある場合が多い。
しかし、このような「純粋戦略」は実際の世界ではごく特殊な例である。
ゲーム理論が応用されるのは「混合戦略」をとる場合である。

本書では、その例として、テニスのサーブが取り上げられる。
テニスのサーブを相手の右に打ち込むか、それとも左に打ち込むか?
相手が左右どちらかで予測をして待ち受けた場合には、サーブをリターンされる確率が高くなる。
そうすると、サーブを打つ側の戦略としては、右に打つのも左に打つのも、どちらが正しいとは言えない。
ようは、確率50%で左右のどちらかに打つのが正しいわけである。
うまくいけば、相手の予測をすべてはずすことができる。
逆に、最悪の場合は、すべて相手の予測どおりに打つことになる。
それでも、もっとも多い期待値は、だいたい50%は相手のウラをかくことができるはずだ、ということである。
このように、とるべき戦略が確率で表されるのが混合戦略である。

そうすると、プレーヤーが複数いて、それぞれが混合戦略をとる場合に、一人ひとりの行動を計算していたら、スーパーコンピュータがあっても予測が難しい。
ところが、このような集団に対する戦略の確率が、実は気体などの流体を扱う力学とまったく同じであることに気がついた数学者がいた。
これが統計力学である。
流体力学の計算と統計学の計算が等しいことを利用した学問である。
こうなると、いろいろな分野において、統計力学によってその動向が分析できることになり、その動向の理由をゲーム理論を用いて説明できるようになる。
つまり、集団の未来を予想することが可能になってくるわけである。
いうまでもなく、経済学にさかんに応用されているのであるが、そのほか、生物学やあるいは文化人類学にまで、その応用範囲が及んでいるのだという。

たいへん興味深いレポートである。

評価は☆☆。
統計学ゲーム理論を少しかじった程度の知識があれば、たいへん面白く読める本だと思う。

さて、日本は先の敗戦後、進駐軍がやってきて、相当数の書籍を発禁にしてしまったことは有名である。
江藤淳が指摘した「閉ざされた言語空間」である。
同じことが工学分野にもあって、日本の航空機産業は飛行機をつくることを禁止されてしまった。
困った中島飛行機は、それで自動車生産を始めた。今のスバルである。これも有名であろう。
しかし、もう一つ、統計学を禁止されたことは、ほとんど知られていない。
統計学は、集団の動向を把握し、未来を予測し、効果的な戦略の立案をする。
こんな学問を日本人にさせたら大変だ、となって、GHQ統計学科をつぶした。
おかげで、日本は統計学において世界的な後進国になってしまったのである。

日本人の統計に対する感覚の弱さの一例をあげる。
「不正選挙疑惑」というのがそうである。
前回の都知事選、前々回の都知事選で当選者の得票率が東京23区でほぼ同じグラフを示す。これは人為的に操作しているからだ、というのである。
情けない話だが、こんなデマでころりと騙される人が多いのである。
ごく簡単に考えると、自民党支持者が民共系の候補に投票することはないし、その逆もない。
すると、この人達の数字は決まっている。
のこりの浮動票の人たちは、基本的にその選挙でもっとも中間で、かつ有名な候補に投票するのである。
小池知事はよく知っていて、これを「フェアウェイ」と呼んでいる。スライスもフックも固定しているが、フェアウェイは空いている。
だから、そのフェアウェイでもっとも目立つように活動する。
小池氏自身は改憲派核武装論者であるが、選挙中はおくびにも出さないのは、それをやると「真ん中」にいかないからだ。
どの地域でも、この傾向が変わらないので、得票率そのものも変わらない。
不正選挙を叫んでいる人は、自分自身が選挙のたびに共産党に投票したり自民党に投票したりするか、考えてみればいいのである。
そうすると、なぜ得票傾向が選挙のたびに不変なのか、理解できる。
簡単な理屈だが、それがわからないから「不戦選挙だ、ムサシ(集計プログラム)だ」という。
この程度の理屈もわからないくらい、統計に対する素養がないのである。

獣医学部も結構ですが、統計力学の分野などは、もっと国家的に強化をはかったほうが良いのじゃないかなあ。
米国にはスタンフォード中共には社会科学院という最強の研究所がある。
日本には、これに匹敵するラボを聞かない。考えるべきだと思いますがねえ。