Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

宇喜多の捨て嫁

「宇喜多の捨て嫁」木下昌輝。

 

備前戦国大名宇喜多直家を題材にとった連作短編集。それぞれの短編が絡み合って、前作の伏線が次々に回収される、といった趣向がある。
ずいぶん綿密に設計図を描いた作品という感じがする。

 

表題作は直家の四女、於葉が主人公。
お転婆な於葉は、政略結婚で後藤家に嫁ぐ。謀略家として名高く、姉3人を次々と自分の政略のために捨て石にしてきたことから、後藤家の家老には「捨て嫁」だと言われる。
碁の世界では、相手の地をとるために、あえて「捨て石」を打つ。相手がその石を取るのにつけこんで、自分の地を広げていくわけである。
於葉はその「捨て石」ではないか、というわけである。石ではなく嫁なので「捨て嫁」だというわけである。
於葉は、父のやりかたへの反発があって、私は捨て嫁にはならない、もしも実家の宇喜多家と婚家の後藤家が対立したら後藤家のために父と戦う、と宣言する。
後藤家の主は、知勇兼備の良将と言われた人物だが、於葉のことを慈しんでくれたので、二人は幸福な時を過ごす。
やがて、宇喜多が攻めてくる。なんと、於葉を「捨て嫁」と罵倒した、その家老を調略したのであった。
裏切りにあった城は危機に瀕し、於葉は長刀をもって戦おうとするが、夫は「女は絶対に戦ってはならぬ」と命ずる。
他家で、やはり抵抗した女達がいて、彼女らが皆殺しにされたのを知っていたからである。
やがて城は落城し、後藤家は滅びる。
残された於葉は、尼寺で後藤の菩提を弔いつつ、宇喜多家の情報を集めている。
病の末に直家は死ぬ。その死を知った彼女は、何を思うのだろうか。。。


連作短編では、直家が謀略に打ち込む原因となった出来事、於葉の姉のこと、於葉が直家の死を知った情報源である老婆のことが丁寧に描かれていく。

オール読み物新人賞の受賞作であるが、なるほど、実によく練られた構成に唸らざるを得ない。
およそ人情に背いた手を使い続ける直家が、どうしてそうなったか?を、彼の宿命とともに描き出す。
評価は☆☆。


本書に描かれているように、備前から美作あたり(今の岡山県)はもっとも下克上の激しかった地域である。
守護の赤松家同士の内紛があり、さらにそれぞれに浦上家がこれも同族同士で別れて支援して、ついには主家である赤松家を下克上してしまう。
まさに同族合い喰む裏切りの連続である。
その浦上家の家老として成り上がった宇喜多家が、さらに下克上してしまい、備前美作を制覇する。
そして、宇喜多家は毛利家についたかと思うと織田につき、最後に宇喜多直家は幼い息子、八郎を秀吉に頼むのである。


本書では描かれないが、歴史的な話である。

直家は病床のまま秀吉の前に担ぎ込まれて、まさに最後の息で息子の後ろ盾を頼む。
これに感動した秀吉は、八郎を引き取って自分の養子にする。
長じて、宇喜多秀家となった八郎は、豊臣姓を名乗り、関ヶ原合戦で豊臣のために奮戦することになるのである。
ただ、大阪で育った秀家は、国元の仕置きが行き届かず、家中分裂の事件が起きていた(宇喜多騒動)。そのため、関ヶ原合戦のときには、その戦力を相当落としていたとも伝わる。
それでいながら猛将福島正則を押し返すのだから、宇喜多おそるべし。黒田長政の横槍がなかったら、関ヶ原はわからなかった。

 

考えてみると、直家のような謀将の息子に秀家のような忠義の将が生まれるのも、なんとも皮肉な話ですなあ。