今日は我が大日本帝国海軍がハワイ奇襲を行ってから80周年。
アメリカが作った映画はひどかった。ゼロ戦が民間人を銃撃しているのだ。
実際は、日本海軍はハワイに停泊中の軍港と軍用機の飛行場を襲ったので、わざわざ民間人の攻撃なぞしておらん。お前らと一緒にするな、と思った。
パールハーバーの復讐がヒロシマだなぞと、寝言もいいかげんにしろと思う。
軍を攻撃するのと、無差別に民間人を大量に殺すのが同じなわけがなかろう。日本軍がゲリラ作戦を行っていたなら、ゲリラに戦時国際法は適用されないので、あるいは正当化されるかもしれないが、そんなことは我が軍はしておらんのである。
単に、国際法上の戦争を戦って負けただけである。敗北は、残念であるが。善悪と勝敗を同じにするから話がややこしくなる。
外務省が送別パーティで朝寝坊したために、宣戦布告が遅れて「だまし討ち」と宣伝されているが、これはおかしな話である。
どこの世界の軍隊が「だまし討ちされたので負けました」で通用するだろうか?言うまでもないが、軍は常に有事に備えているものである。備えてなければ「油断」である。
米軍は油断したのでやられた。ざまあみろ。
それでも、外務省を許すわけではないけどね。
実は、米軍も日本海軍がハワイ奇襲作戦を検討していることは知っていたようだ。しかし「まさか、本気でやるとは思わなかった」らしい。
理由は簡単である。
海軍の常識では、沿岸砲と戦ってはならない。洋上で揺れる艦から打つ艦砲射撃は沿岸砲に対して不利である。
さらに、大艦隊で接近すれば、必ず途中で探知されるだろう。よって不可能というのが、米軍だけでなく、当時の常識だった。
山本五十六は、そこで考えた。艦砲射撃によらず、空襲でやればいいのではないか?と。当時、空母艦載機による軍港の大規模空襲など、誰も考えていなかった。
さらに、ハワイへの寄港では誰も何年間も北方航路を使っていないことが判明する。
北太平洋の海は荒い。わざわざ、ここを通る船はいない。
ところが、気候研究したところ、12月のこの時期に、どうにか飛行機の発進が可能なくらいに天候がおさまる時期があることを発見した。
こうして、革新的なアイディアと地味な気候の研究が結びついて、歴史上名高いハワイ奇襲が成功した。
結果が敗北に終わったのは誠に残念だし、大いに反省しなければならない。
しかし、ハワイ奇襲はそれ自体が間違いなく壮図であった。
以後80年。
いまだに、米艦隊にあそこまでの一撃を食らわせた艦隊は出現していないのである。