Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

裏道を行け

「裏道を行け」橘玲。副題は「ディストピア世界をHACKする」

 

どうしてこの世界は残酷になるのか、という問いに、橘玲は「みんなが自由に自分らしく生きたいから」だと答える。そうすると、あちこちでみんなの自由がぶつかりだすからだ。自由が拡大すればするほど、ぶつかり合いも増える。放送禁止用語がどんどん増えて、今や再放送できないコンテンツが山ほどある。私たちは、昔よりも各人の権利が尊重されるようになったので「言えないことが増えて」窮屈になった。

人が、今後も「自分らしく生きたい」と願う限り、この傾向は続くだろう。その鬱屈がたまった人は、それは闇のディープステートやユダヤ金融資本のせいだと思ったり、左巻きのリベラル文化人どものせいだと思ったりして、自分のせいではないと考える。いわずもがなだけど、こうして自分のせいではないと考える人が増えることで、世界はますますディストピア化する。各人が尊重され、自分らしく生きることができるという絶望である。この世は、もともと無理ゲーなのだ。

そんな世界だと見極めたうえで、じゃあ、いったいどうやって生きていけばいいんだろうか?

 

そんな疑問に本書は少しの手がかりを与えてくれる。ゲームの攻略をまともにやるのは、とても難しい。そこでHACKしようというわけだ。裏技、バグをつつく。

第1章では、ナンパ、いわゆる恋愛工学のことが描かれている。日本では藤沢数希「僕は愛を証明しようと思う」で紹介されたが、実はあれはアメリカ発祥の「もてない男がどうやって女性をものにするか」という攻略法のスレがあって、それが元ネタなのだそう。へえ。で、恋愛工学をマスターした現人神クラスが現れて、次々と戦果をあげるわけだけど、やがてそれが虚しくなり、「真実の愛」を発見して結婚する。。。3年後には離婚しているわけだけど。で、そんな恋愛工学が成立するのは、ようは女性の脳をHACKするからだ、というのが骨子だ。何も、こんな話を第1章にもってこなくてもと思うけど、実際に異性をいかに射止めるかは、若い時期の人生において主要テーマなので、これは仕方がない。

話は、この恋愛を皮切りに、金融市場や脳、やがては世界に至る。

金融市場においては、もしも市場が完全であれば、価格の歪は発生しないので長期的には市場の成長を超える利益をあげることはできないはずだが、実際には伝説の投資家が存在して、莫大な利益をあげている。実は、彼らは他のプレイヤーのミスを突いているというのが本質である。これは、賭博についても同じなのだ。ようは、人間は完全に合理的には行動できないから(これが経済学が仮定する人間と現実との違いだ)そこでミスをする。それが価格の歪みであり、それを突く。ふうむ。投資の必勝法は、つまりは、そういうミスを発見できる賢い人と一緒にやること、につきる。もしも、自分が他人のミスを見つけることのできる天才プレイヤーである場合は別だが。

脳については、有名なマズローの欲求5段階説が、実はニーチェの超人思想をアメリカの市場に受け入れられやすいように簡単に翻案したものだという指摘をしたうえで、60年代のエスリン(ヒッピー思想のおおもと)に「自己革新」系のセミナーが発生した経緯を丁寧に説明する。これはおもしろい。このとき始まった「自分らしく生きる」という思想が、実は現代まで続く思想の源流になっていて、以後は目新しいムーブメントはなく、すべてその焼き直しである、という指摘もおもしろい。

 

評価は☆☆。

いつもの橘節であるが、過去の著作と少しスタンスが変わってきているものもある。行動経済学や行動遺伝学あたりの影響が大きいかな。

 

もともと寡作な人だが、最近はこの手の文明評論系の本をよく出すようになった。それはそれで面白いのだけど、実は、橘玲の本で一番おもしろいのは小説だ。評論、エッセイは、小説に比べると、同じパターンの繰り返しが多くて、すこし飽きる。「黄金の羽根の拾い方」が最高で、実は私も20年くらい前に読んで、大きな影響を受けた。だけど、小説の「マネーロンダリング」や「永遠の旅行者」「タックスヘイブン」のワクワクドキドキは素晴らしかったと思う。

また小説を書いてはくれないだろうか。私は、それを心待ちにしている。