Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

黄砂の進撃

「黄砂の進撃」松岡圭佑。

この人の本は「千里眼」シリーズを読んだことがある。女性エスパーもので、あの筒井康隆の名作「七瀬ふたたび」を現代風にしたような感じだった。
ほほう、歴史物を書いているのか、と思って読んでみた。

清国末期の「義和団の乱」を題材にした作品である。
主人公の張は、もともと船漕ぎだったが、西欧文明が流入し列車が開通したため、失業して酒浸りの日々を過ごしている。
ある日、若い女性がならずものどもに襲われていたところを、珍しく義侠心を発揮して助ける。といっても多勢に無勢なのでやられるのだが。
張は少し武術の心得があった。
それを見ていた李という男に、自分たちの武術師範になってくれと頼まれる。
とてもそんな腕前ではないと固辞するものの、李は自分たちにはロクに武術を習ったものもいないのでぜひにと頼まれ、断り難くなった張は引き受けることになる。
どうせ張は失業者で、ほかに用もないのである。
さて、李に案内されて合流したのは、キリスト教宣教師たちの横暴に耐えかねた民衆の決起集団だった。
これがのちの義和団である。
彼らは、キリスト教に反感を持ち(宣教師たちがろくでもないことをしでかす奴らばかりだったからだ)民間信仰で集団をまとめていた。
その民間信仰とは、精神を統一すれば、孫悟空関羽といった英雄たちが自分達の中に降りてきて、銃弾すら跳ね返す無敵になるというものである。
張はこんな嘘っぱちでまとめられる集団に危惧を抱くが、実際に西欧人たちと対決する中で、無学な民衆にはまやかしの信仰しか今はないのだと思い始める。
しかし、義和団の蜂起がうまくいったら、ゆくゆくは農民たちに教育を与えるべきだと考えていた。
さて、西欧列強の進出に悩む清朝は、この義和団の蜂起を「義挙」とみて、軍に正式に組み込むべきだと考える勢力が主流派を握ることになる。
張は、そんなことをすれば外国と戦争になり、民衆が被害を受けると危惧するが、もはや勢いはとまらなかった。
義和団の信仰の嘘もばれ、張は権力を失い、義和団は古臭い武器を渡されて西欧列強と対峙し、おびただしい被害を出す。。。


そんなに期待をして読み始めたわけではなかったが、なかなか本格的な歴史小説である。
素直に面白い。評価は☆。

アジアは西欧とは異なる文明を持っていたのだが、西欧のほうが明らかに科学という分野で先行していた。
日本はいち早く明治維新を遂げて近代化するのであるが、他のアジア諸国はそうではなかった。
どうして日本だけが西欧文明を受け入れるのが早かったのか?
いろいろな理由があると思うが、
1,もともと多神教信仰だったので、異文化への抵抗が少なかった。800万人も神がいれば、一人増えても支障がない。
2,日本語の中に漢語やポルトガル語を自由に受け入れてきた文化があったので、西欧文明を翻訳するのに優れていた。
3,封建主義国家であったので、西欧流の契約概念を理解することができた
の3点が大きいのではないかと思う。
日本人は「理由はともあれ、約束を破るのは悪だ」と考えているが、これは封建主義の名残である。御恩と奉公というのは間違いなく契約関係なのである。
隣国をみると、そもそも約束を守らなくても大したことはないと考えているのがよくわかる。つまりは、契約の軽視である。
西欧では、契約はもともと「神との契約」であるから、これを守らないことは悪である。
西欧は封建制というより絶対制だったが、キリスト教の縛りが強かったので契約概念が発達したのであろう。
このあたりを考えていくと、たいへん面白い。

現在は、中共と米国が対決姿勢を強めているが、アジア文化西欧文化という見方を中共は打ち出している。
しかし、アジアといっても色々である。
マルクス主義を掲げる中共であるが、マルクスは「馬克思」と訳すほかない。
これでは、多くの支那人が「馬さんという学者がいた」と思うのはムリもないのである。
異なる文明を進んできたもの同士が互いを理解するのは、そうかんたんなことではないなあ、と思うのですねえ。