Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

ワシントン封印工作

「ワシントン封印工作」佐々木譲

毎年、12月8日が来ると、日米開戦のことを思うわけである。私は「だまし打ち」には与しないほうで、あんなギリギリの交渉をやっていて、のんびりと日曜の朝寝を決め込んでいた米軍がアホなだけだと思っている。
「スキあり」でぼかーんと。一般市民ならいざ知らず、いやしくも軍人は非常の事態に備えるのが仕事のはず。ほかに仕事はないだろうが。
日本がルーズベルトの策略にだまされて、開戦させられた説にも与しない。こんなのは陰謀論の最たるものだと思っている。
日米双方、開戦を回避する努力はしたのだ。しかし、双方の組織内にそれぞれ齟齬があった。結果、ああなった。
組織がトップの号令一下ですべて動くというのは妄想である。ちょっと大きな会社、あるいはプロジェクトを経験するとわかる。しばしば、思わぬ方向に転がっていくものである。

本書は日米開戦前夜のワシントンにおける交渉を背景に、米高官の愛人でスパイを働く日米混血の若き女性タイピスト、ミミと、臨時雇いの助手である大竹青年のロマンスを描く。

主人公の大竹はアメリカのコロンビア大学に留学して精神医学を学ぶ青年であるが、2年時点で学費が尽きてしまう。彼は私生児だったが、実業家の父が事業に失敗したらしい。
しかし、国に帰れば間違いなく徴兵される。そこで大竹は、日本大使館にアルバイトの口を見つける。
大使館づとめなら徴兵は猶予される上に、しばらく働いて学費を貯めることもできるという目算である。
そこに、若くて美人のタイピスト、ミミが勤め始める。
この当時のアメリカ人は全員スパイだというのは大使館で公認の事実であった。そうでなくても、米政府から協力を持ちかけられれば、誰でも知っていることを話すであろう。
しかし、実際には米人を雇わないと仕事が回らないので、それを承知で大使館は雇っているのである。
ミミを大使館に送り込んだのはハル国務長官に仕える高官のホルブルックであった。
彼は、日米交渉の前途について「日本を追い込みすぎると、やがて戦争に至る」と見ており、彼なりに開戦を回避する努力をする。
情報を得るためにミミをスパイにして、権力を見せつけ、パーティや高級レストランに連れていき、ついには愛人にしてしまう。
12歳まで日本で育ち、あとは米国の田舎で育ったミミは、ホルブルックに夢中になる。
一方、大竹はそんなミミを「あれほどの美人だから」ワシントン女の常として愛人くらいはあり得ると思っており、それでも大都会で必死に生き抜く彼女に好感を持つ。
やがて、日米交渉は悪化。
ホルブルックのライバルであるホーンベックは「日本は石油がない、どんなに高圧的な交渉をしても、戦争になれば彼らは負けると知っている。だから戦争にはならない」と主張する。
ハルは、二人の意見をそれぞれ聴いて交渉を進めるが、日本が交渉中にもかかわらず南部仏印進駐を進めたことで、ついに戦争を決意するのだった。
一方、ミミはホルブルックの愛情は自分が役に立つと考えていただけだったと悟る。彼女は、知らぬ間に大竹に引かれていた。
そして、ついに運命の日。
大使館は、決定的なミスをおかす。その日は大使館職員の送別会があり、しかも、外務省の本省は14部にもなる宣戦布告文書を緊急扱いするのを忘れて通常文書で送った。
その日、ミミと大竹、ホルブルックにも決定的な事件が起きる。。。


読み応え満点の素晴らしい作品である。
評価は☆☆。
佐々木譲の第二次大戦秘話シリーズは「エトロフ発緊急電」を筆頭に傑作ぞろいだが、本書も間違いなくその一冊。
どうして宣戦布告が遅れたか、その経緯が戦後の資料に基づいて詳細に書かれているが、つまりは外務省の「国益より省益」が原因なのだ。
野村大使は海軍出身でなく、彼に大して全く積極的な支援活動がなかったことが、この大失態の背景にある。
本書にはないが、一つ補足しておけば、この大失態を犯した外務省職員の誰も責任を問われることがなかったのだ。いったい、どうなっているのだろうか?
すべて組織の自己防衛のなせる技であろう。

かつて民主党は、官僚支配の打破を謳ったが、みずからの無能をさらしただけの結果に終わった。
しかしながら、なんでも官僚にまかせておけば大丈夫というものではない。
彼らは、いざとなれば国よりも省をとる。それが彼らの世界だから。
たぶん、国とか省とかいうものに、あまりにも頼りすぎること自体が問題を大きくしてしまうのだと思う。
なるべく、これらのお世話にならないような社会をつくることしか、多少でもマシな方策はないように思えるのですねえ。