Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

言の葉は、残りて

「言の葉は、残りて」佐藤雫。第32回小説すばる新人賞

 

鎌倉時代源実朝のもとに、京都の公家、坊門清忠の娘の信子が輿入れしてくる。彼女よりひとつ年上の水瀬(みなせ)という下女が一緒についてくる。心細い信子を、水瀬は姉代わりに献身的に支える。

鎌倉では、武家とは思えない繊細な雰囲気の実朝が「そなたを待っていた」と出迎える。東国の荒くれ男を想像していた信子は、良い意味で想像を裏切られて、実朝を好ましく思うようになる。

実朝は、信子が京から持ち込んだ文化の雅なことに驚き夢中になる。ことに、和歌に心を惹かれるようになる。「本歌取り」の技法を覚えた実朝は、古歌を信子と交わしては愛を深めていく。

そんな実朝の周囲だが、権謀術数が渦巻き、まず畠山重忠の乱が起き、ついで和田合戦が起きる。実朝は、ついに北条が実験を握るため、冷徹な判断を貫く北条政子によって兄の頼家が殺されたことを知る。兄が殺され、言いなりになる自分が将軍に立てられることになったのだ。しかし、青年武将に成長した実朝は、「言の葉」による政治をしたいと願うようになる。武力ではなく、言葉によって治める世を目指そうとするのである。そんな実朝を見ていた北条義時は、頼家の息子、公暁にそっと囁く。「頼家を殺したのは実朝である」

信じた公暁は凶行に及び、実朝は死んだ。ただちに出家した信子は、京都に帰り、藤原定家のもとに添削を依頼された実朝の歌がたくさん残されているのを知り、これを歌集にまとめる。「金槐和歌集」金は、鎌倉の「鎌」の偏から取り、将軍を示すしるし「槐」の字をつけたのだった。

 

作中に取り上げられた和歌のやりとりが素晴らしく、深い情景を描き出すのに成功している。細やかな実朝と信子の心のやりとりが、実に丁寧に描かれているのには驚くばかりである。一方で、北条家の陰謀もその深淵をえぐるような筆致で見事に描き出している。権力のために、我が子を手にかける北条政子の強さと悲しみの深さが凄まじい。

評価は☆☆☆。

近年の時代小説で出色の出来栄えと思う。これが新人賞だというのだから、驚くほかない。おそるべきデビューである。次作も読みたくなった。

 

活字不況と言われて、街から書店が消えている。本が売れない、という。今や、筆一本では、よほどの有名作家でも食えないのが珍しくないのだとか。映画やドラマになって、タイアップで副収入がないと難しいとか。それで、そういう「映画のシナリオみたいな」小説ばかりが増える。

だけど、小説の本当の力は、まさに「言葉」にあるはずで、どっかの映画のシーンを切り取ってきたみたいな描写をえんえんとやられると、私は冷めてしまうのだ。それなら、映画でも撮ればいいだろう、と思ってしまう。

言葉を大切にした作品を読みたいと、かねがね、思っているのだ。

こんな素晴らしい新進作家が登場するんだから、まだ、日本の小説も捨てたものじゃないと感じた次第であります。