Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

なぜイノシシは増え、コウノトリは減ったのか

「なぜイノシシは増え、コウノトリは減ったのか」平田剛士。

これはタイトルの勝利である。思わず買ってしまった。だって、興味をそそられるではないか。

本書は、今や日本各地で進められている「自然保護」「生態系保護」の活動の現状を伝えるルポである。もちろん、その前提には「絶滅危惧種」のオンパレード、という厳しい前提がある。しかし、ただ絶滅を指をくわえて見ているわけではなく、実際にそういう動植物を保護する活動を繰り広げている素晴らしい人々がおられる。そういう人たちが、どのように活動しているのか、本当に我々の生活の何が問題なのか?そういう問題を気づかせてくれる。

評価は☆☆。
自然保護に関心のある人々には、是非とも一読をオススメしたい。

で、タイトルの謎解きをしよう。
山里はいまや「高齢化」「過疎化」がすすんで、耕作放棄地(休耕田)が続々とできている。こういう場所には、ワラビやクズ、ススキなどの「一時進出者」たちが繁茂するのである。これらの植物を好物にしているのがイノシシである。彼らは、1シーズンに子供を5~6匹産むという抜群の繁殖力を誇る。イノシシが殖える理由である。
一方、コウノトリは、カエルやドジョウを主な食料にしている。これらの餌は、実はかつての水田に豊富にあった。ところが、稲作の工業化により、水田には農薬が大量に使われることになる。田んぼはあっても、そこにはカエルもドジョウもいない。その上、機械化に都合が良いように、シーズンオフには田んぼの水を抜くようになった。干上がった田んぼには、餌はいない。これでは、コウノトリは生きていけないのだ。
現在は、「高齢化」「過疎化」で耕作放棄地が増えているわけだが、その休耕田に水をはってくれる農家があるわけでもない。コウノトリが生きていけないのは、やはり同じことなのである。
兵庫県豊岡市が「コウノトリの里」を唱えて、実際にコウノトリを野生に返すには血のにじむような努力があり、「昔のようにコウノトリに田んぼを踏み荒らされてもいい」という農民の決意がある。秋篠宮ご一家が放鳥の折りに列席なさったのは、皇室の「里山」復活への強い御意志があることも、指摘されてしかるべきだろうと思う。

日本の自然は「里山」で、動物と人間は自然を分け合って暮らしてきたのである。いつから、こんな豊かになった日本で、自然だけが貧しくなっていったのだろうか?なんでもかんでも「対立」で説明する西欧文明に対する私の疑念は、ますます強まるばかりなのである。