Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

中国は日本を併合する

「中国は日本を併合する」平松茂雄。

この本は、タイトルが悪いね。いかにも右翼迎合じゃないか。もちろん、私は右翼なので、そりゃニヤニヤとはしちゃうけど(苦笑)このタイトルはないよなぁ。

で、内容は、実は「中国礼賛」なのである。わかりやすくいえば「中国様はすごい国で、着々とアジアの(いや、世界の)盟主になるべく日夜努力をされています。見習うべきですが、でも日本はダメです。腰抜けです。はい、オシマイです。」という本である。(笑)

中国共産党は建国以来、韓国(朝鮮)、ソ連チベットベトナム、台湾、インドと戦争を行い、次々と領土を拡張してきた。彼らの概念では、歴史上の最大版図が(モンゴルまで含めて!)本来中国の領土であるべきだ、ということになるのである。

ここで見逃せないのは、中国の「核」だ。中国は、1964年に原爆、1667年には水爆の実験を行っている。

中国は、朝鮮戦争でも、金門島(台湾)でも、米国の「核の脅迫」を受けた。やむなく、これら紛争において中国は撤退する。業を煮やした毛沢東ソ連フルシチョフに「核攻撃」を要請する。フルシチョフは「そんなことをすれば、報復がくる」と警告する。これに対する毛の答えは「中国には6億人の人民がいる。(当時)半分の3億が死んでも、すぐにもとに戻る」というものだった。フルシチョフは「核のなんたるかを知らない野蛮人の考え」だとし「人類滅亡を招く」として毛を厳しく批判する。
そこで、毛沢東は「自力による核開発」を決断するのである。
毛は「核は張り子の虎(実際には使えない)」とし、「たとえ核攻撃があっても人民の海に敵を埋めて葬る」人民公社をつくる一方で、核開発に狂奔する。
文字通り、それは当時の中国の国力すべてを傾けたものであって、国内では2000万人とも3000万人とも言われる人が餓死したとされるが「たとえ、ズボンをはけず、一椀のスープを皆ですすりあっても核をつくる」と宣言。ソ連の「核の傘」がはずれ、国防の危機を招いても、核開発をすすめ、ついに核を手にした。この中国の核が、ついには台湾に代わって国連加盟し「5大国入り」を果たす原動力となるのである。
以後、中国の軍事行動は「核」に掣肘されることなく、着々と周辺を併合していくことになる。
南沙諸島を中国が実効支配したのを見た著者は、日本の外交関係者に「次は必ず日中境界線、東シナ海になる。尖閣諸島だ」と警告するが「そんなことはありません。日本を狙う国はありません」という定例通りの答えしか返ってこなかった。
次に、中国の測量船が日本近海を測量しはじめ、当時の河野外務大臣は「無断で測量したことに遺憾の意」を表明し「事前通告制度」をつくった。喜んだ中国は、取り決め通り「事前に通告」を40回以上行って、すべて日本近海を測量できたので、いまや対馬海峡宗谷海峡ですら安全に中国原潜が通過できるようになった。
今や、日本の裏庭でどんどん石油資源を開発しているのは、ご存じのとおりで、努力が実った河野元外相はさぞお喜びであろう。

評価は☆☆。日本の国防問題を考えるのには必読の書だと思うな。

さて。本書刊行以後の動きをちょっと概観してみよう。

中国の外貨準備高は、昨年ついに日本を抜いて1.3兆ドルとなった。日本は世界第二位の0.9兆ドルである。いまや、中国は米国のドル防衛にとって、欠かすことのできない国になった。
日本の次期戦闘機において、日本は防衛機密が漏洩したり、久間イラク発言で米国の不興を買った挙げ句、とうとう「F-22」の供給をされないことになった。この戦闘機は「極東軍事バランスを崩す」と中国が懸念を表明していたもので、実際は米国が中国に配慮したものといえる。日本の行動は、「日本自身の行動が招いた問題」だと見せかけることができ、「中国の注文通り」と見られなくて済んだので、米国にとっては面子が立って幸いだった。

北朝鮮の金成日は、かつての毛沢東の核開発をよく見ており、全く同じ戦略をとることにした。国内で餓死者を出そうがなんだろうが、とにかく遮二無二、核実験に邁進、一応(?)成功した。
すると、途端に6カ国協議の風向きは変わり、金融制裁は解除され、コメ支援、重油支援まで再開された。うまくいけば軽水炉まで供給されるかもしれない。それまで日本との間であった「拉致問題」も、「核問題」の前には慎重にすべきだと「インテリ」達が大合唱してくれた御蔭で、吹き飛びそうな勢いだ。思えば、核一発で国際政治の重みがちがうわけで、これは安い買い物だったと言えるだろう。毛沢東の故知は生きていたのである。

さて、知らない間に「つまはじき」になっている日本だが「空気読めよ」と言われているわけだ。世界は核が支配しているのである。

私は、核が嫌いである。天皇陛下がいわれたように「しきりに無辜を殺す」「武士道」にもとる兵器だと思う。私は、日本人であるから「核」の話になると、冷静さを欠く。当たり前である。世界で唯一、核に対して「逆上」しても「仕方ねーなー」と思われる国のはずである。

しかし、「冷静な人々」をみよ。「もう北は核を持ったのだから、いつまでも拉致問題に拘泥するべきでない」そうである。なるほど、それが「冷静な判断」というものなんだろう。
そんな「冷静な」人々が多くおられるのであれば、いっそ核武装も、なんて言いたくなってしまう。

6カ国協議についても思うのだ。いっそ、一回「逆上」してみたらいいじゃないか。なんで、お利口そうにしているのか。我が国だけは、その資格があるのだぞ。