Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

貧困大国アメリカ

「貧困大国アメリカ」堤未果

良くできた政治的プロパガンダの書である。この手法は、この種の本を出したいと願うのであれば、大いに参考にすべきだ。
プロパガンダを書くのは難しくないのだ、ということを教えてくれる点で、たいへん面白い本である。

まず、タイトルから見てみよう。実は、正確には
「ルポ貧困大国アメリカ」である。ところが、本の表紙には、その「ルポ」の文字が小さく書かれているのである。
だから、書名は「貧困大国アメリカ」と見えてしまうようになっている。このテクニックがうまい。瞠目すべきである。

なぜか。
「ルポ貧困大国アメリカ」と、単に「貧困大国アメリカ」というのは、ぜんぜんニュアンスが異なる。
ルポはルポルタージュであるから、記者が見聞したことを書けば足りる。
ところが、単に「貧困大国アメリカ」であると、これは著者の論考なり主張という論文イメージが強まる。
本書の中には、実はほとんど論考がない。アメリカの貧困の有様を、取材して(多くはNPO法人のような、使命感にあふれた方々の証言なり素材提供)書いているだけである。
それでも、なんとなく、ある種の主張を読んだ「なるほど、理解できた」という気にさせられてしまう。実際は、ルポなのだから、それ以上ではないのだ。

具体的にいくつか指摘してみよう。
主にレーガンから始まる共和党の政策転換によって、アメリカでは国民の生命を守るべき健康保険制度が崩壊し(実際に保険に加入する事業所は6割強しかない)しかも、その医療費は馬鹿高く、いちど病気になると恐ろしい請求書が送られてきて、たちまち本人は貧困に落ちるのだという。
ここまでは「ルポ」であるから、特に異論を差し挟む余地はない。おおむね真実であろう。
そして、盲腸の手術をしただけで150万円ものカネをとられる、とても入院などできないので皆「日帰り」になる。出産すら「日帰り」になる、やはり国民の生命を預かる医療や保険を民営化するのは間違いだ、と結論づける。
だがすこし待って欲しい(C)朝日新聞。(笑)
アメリカの医療費が馬鹿高く、医療保険の掛け金も馬鹿高く、しかもカバーする範囲は狭く、しばしば支払い拒否が起こるのは事実だろうが、それが民営化の問題だと断言するのは論理に飛躍がある。
なぜならば。
仮に、甲病院と乙病院があったとする。甲病院は馬鹿高く、乙病院はそれより安い。だから、甲病院では、予算上「日帰り」しかできないケースでも、乙病院ならば入院可能とする。すると、人はどうして乙病院を選択しないのであろうか?
また、民間の医療保険会社があるとする。医療保険会社は、同じ盲腸で、甲病院は150万円の請求を回し、乙病院は100万円の請求書を回すとする。すると、どちらの病院を、より利益をあげる好ましい病院だと判定するだろうか?
当たり前だが、安い病院のほうが流行るだろうし、保険会社にとっては、請求額の少ない安い病院のほうが好ましいはずだ。

ところが、本書によれば、アメリカの病院の医療費は馬鹿高く、保険会社は地域によるが50%以上のシェアをとって独占状態であり、暴利を貪っているという。
であれば、なぜ、自由競争による競争原理(より安く、より良いサービスを提供する者が、より多くの顧客を得て繁栄する)が、医療や保険分野については機能しないのか?最低でもそこを考えなくては、およそ問題のはじっこにすら触れていないことになろう。
しかしながら、本書はそれで良いのである。だって「ルポ」だもんね。
「私は○○に取材したことを、そのまま書いただけですよ」誰かさんの名台詞があったな。まんま、じゃないか。

肥満の問題、学資ローンの問題、そして軍のリクルート問題。すべてこの調子だから、つっこみどころ満載だ。
すなわち、著者(というよりもルポを名乗る以上「記者」とすべきか)の見たアメリカの問題点を書いた本である。
しかし、これが「アメリカそのもの」である、と思ってはならない。
グローバリズムによって食い詰めたメキシコの貧民がアメリカに不法入国し、そういう彼らが非正規雇用によってアメリカのビジネスを支えているのは事実であろう。
しかしながら、じゃあなんで、反米で有名なベネズエラにも、日本の一部層にファンを多く有するコスタリカ(笑)にも行かないのか?
そんなにアメリカがひどい国であるならば、何も「北」(メキシコ人にとってアメリカは北である)に行く必要はなかろう。南に行けばいいじゃないか。そんな小学生のような疑問にまったく答えてくれないのが本書である。

かつてゲッペルスは言った。宣伝をするのに、ウソをつく必要はない、ただ宣伝にとって都合がよい事実を訴えれば良いのだ、と。
よくできたプロパガンダとは、そういうものである。

評価は☆。おおいに参考にしよう(笑)

この本の前書きで、記者は「アメリカの問題は、憲法25条に定められている基本的人権が守られていないことだ」と書く。
アメリカに対して、日本国憲法を守れ、と呼びかけるのである。
アメリカの法律に基づいて、フセインを裁け、という主張と同じ論理だというほかはない。

それぞれの国が、それぞれの良いと思うやり方でやれば良いのであって、それこそが国際的な寛容だという立場から、アメリカの不正な戦争としてイラク戦争を批判することは可能だろう。
それは他国の政治に対して、まったく寛容でないからだ。異なる基準を認めないことは、やはり問題があるのではないか、と思うからだ。(まあ、それでも、いろんな意味で限界はあると思う)
しかし、外国に対して、日本国憲法をまもれ、というのはいかがなものかね(笑)

この記者は、たとえば中国の「ルポ」を書いたら、同じように書くのだろうかね?人権という面でも、貧困という面でも、そっちのほうが題材満載であることは間違いないように思うんだけど。そのあたり「関心をもって、今後の行方を注視したい」(笑)とでもしておこうか。