Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

長い道

「長い道」こうの史代
 
漫画であるが、こうの史代は別格だろう。この人は、漫画で文学を書く人である。
「長い道」は、どこに勤めても長続きせず、あっさりクビになってしまい、貧乏な癖に女には目がないという荘介が、郷里の親からいきなり押しつけられた道という女性と結婚生活を送る物語である。
とはいえ、双方の親が酒席で決めた結婚話で、派手で蠱惑的な女性を好む荘介からすると、道は気が利かない素朴な女である。
愛情などないわけで、さんざん邪険に扱う。もっとも、この荘介は優しいところのある男で、暴力などはない。
道は、そんな荘介に、とにかく妻として献身しようとする。
ただ、自分のことを、語ろうとはしない。
お金がなくて、明るい未来がそこに待っているわけでもない。夢と希望があふれているわけでもない。
ただ、二人は、その日を大事に生きている。
掃除をする道は、いろいろな家(大邸宅から田舎家まで)を想像し、最後に2DKの我が家をみて「さあ、掃除しなきゃ」という。
荘介は、貧しい食卓を囲みながら、「今日で会社をクビになっちゃった」と白状する。
電気が止まって蝋燭を使い、その蝋燭もなくなって家中を小銭を探して掃除する。
なんとかかき集めたお金で蝋燭を買った後「人間は、追い詰められると冷静な判断ができなくなる、、、電気代を払えばよかった」と苦笑する。
そして、雨の日には、傘が一本しかないので、いつしか二人は並んで歩くようになっている。
まったく恋愛感情がなかった二人が、静かに愛を育てていく様子が魅力的に描かれている。
 
評価は☆☆。心にしみいる作品である。名作だと思う。
 
読んでいると、なんとなく夏目漱石の「門」を想起する。
もちろん「長い道」の二人は、不倫の果てに結ばれたのではないのだけど。夫婦間の細やかな愛情の通う場面が、そう思わせるのだろう。
そういえば、本作の主人公は「荘介」で、「門」の主人公は「宗助」だ。ふうむ。
で、「長い道」だが、「門」の前作の「それから」の主人公は「長井代助」である。
ひょっとして「長い道」の「長い」はこれか?と思ってしまうのである。とすると「道」は「それから」のヒロイン「三千代」ではないか、と。
つまり「それから」の後継作品として「門」があるわけだが、現代においては不倫愛の果ての結婚などで逼塞している御仁などいないわけで、いささか非現実的ながら「田舎の親が酒席で思いつきで決めた結婚」というシチュエーションで、もう一つの「門」を書いてみせたのではあるまいか、などと思ってしまったわけである。
もちろん、amazonで本書のレビュー子が「老松荘介」=「老荘」、よって「長い道」=「道教」と指摘しているのは鋭い。
夏目漱石の件は、私が「夫婦間の恋愛」という観点から、思いついた戯れ言である。