Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

覚悟の人

「覚悟の人」佐藤雅美。副題は「小栗上野介忠順伝」である。

小栗は、一時「徳川埋蔵金伝説」で有名になった。
幕末の勘定奉行であり、終焉の地が群馬県であるから、彼が御用金を埋蔵したのに相違ない、という話になったのである。
しかし、この小説を読む限りでは、当時の幕府の財政難は現在の日本政府どころではないレベルであって、とても埋蔵金どころではなかったように思える。

佐藤雅美は、以前に水野忠徳伝も書いていて、こちらも面白く読んだ。
当時の英米と日本の金銀の交換比率の違い(本質的には、日本の銀貨は秤量貨幣ではなく、管理紙幣と同様だった)から、大量の金が流出するのであるが、水野はこの不平等条約を改正しようとして左遷された人物である。
英明な小栗は、水野の指摘をただちに理解し、遣米使節団の一員として渡米し、実際に彼らの目前で日本から持参した小判と彼らの金貨を秤量してみせ、それらが等価であることを証明して交渉した。
当時の米国人にとって、アジア人は劣った文明しか持たない人種だと思われていたから、小栗が正確に天秤ばかりで金貨をはかり、結果をそろばんをはじいて正確に計算してみせるのに唖然として、新聞紙上で大喝采をおくったのである。
しかしながら、このような好意的な驚きは、あくまで表面上のものにとどまっていた。
小栗の交渉内容を米国は正確に理解したが、なお、条約の改正には同意しなかったからである。

また、小栗は対馬に於ける「ロシア軍艦対馬占領事件」でも、対ロシアと交渉する。
これも苦しい交渉であった。
対馬藩はロシア軍艦の暴挙に怒り心頭で、小栗の交渉が微温的だと批判する。
これに対して、小栗は「では、そこもとらは何をしておられるのか?」と冷静に問い返す。
もしもロシアと全面戦争となれば、対馬藩は全滅して対馬は占領されるであろうし、これに対して、当時の日本の武力では対抗できない。
小栗は、ロシアに譲歩を続けつつ、国際世論に訴えることを江戸幕府に建言するが、幕府にはその気概もなかった。
やむなく、小栗は外国奉行を辞任。
ようやくイギリスの介入を得て、なんとか対馬からロシア軍艦を退去させることに成功する。

小栗は、崩壊する幕府の中で奮闘するが、時の将軍徳川慶喜は、口だけ達者なへっぴり腰の男であり、大阪決戦を前にひとり軍艦で江戸に逃げ帰る臆病であった。
大政奉還とともに小栗は上州(群馬)に隠棲するが、官軍に召し出され、家臣ともども斬首される。
享年わずかに42であった。

評価は☆☆。
賢明な人物は、得てして「明哲保身」であり、時代の流れに逆らわずに生き延びるものである。
たとえば、周恩来は、あの文化大革命に際して、淡々と自己批判しつつ、余計なことを言わず沈黙を守り、結果として無事にその生を全うした。
見事な処世であるが、さて、当時の支那のおかれた状況から考えて、周恩来の保身は適当といえたかどうか、議論があるところと思う。
もっとも、あの時点で毛沢東と対立したところで、粛正されるだけであったろうから、なんとも言えないのだが。

一方の小栗は、頭脳明晰で先見性にあふれていたが、幕府への筋を通して、時に戦うことも辞せずに死んでいったが、その最後は静謐といえるほど見事なものである。
小栗の出処進退を下手くそと笑うことはできない。彼は、役人として禄を食む以上、幕府に筋を通さずにいられなかった。

本書を読んで思ったのだが。
未曾有の東日本大震災に対して、今の政府の対処は遅きに失しているとしか言えないし、なにかと批判されると前政権の責任論に逃げるのは論外である。
事前予測が甘かったのであれば、なおさら、事故発生後はすみやかな救済策が必要なはずである。
しかるに、肝心の法案を出す前から、野党の協力が得られないなどと弁解するのは、本末転倒にも限度がある。
「政治主導」の結果、官僚が法案作成に協力してくれなくなり、自民党の法案も出ないという事態は、まさに現与党がすべて招来した事態である。
対案というものは、まず政府案が示されて後に出てくるものであって、政府与党がハナから「対案をまず示して欲しい」などと幼稚園ごっこを繰り広げるのは、ふざけすぎというものじゃないか。
それを「ここは与野党一致して」などと、おためごかしを並べるテレビ局にも困ったものだ。国民が国家権力を負託しているのは、正しく与党であろう。甘やかす必要がどこにあるか。

そして、何よりも、どさくさまぎれに省益確保を決め込む役人ども、である。
本当は、彼らは対策を持っているのであるが(上級官僚は実に優秀なのだ)それこそ出処進退を考えて、お利口に沈黙しているのだ。
そこを指摘することもできず、省益排除もできず、ただ「安全運転」を心がける総理もどうか。私には、そのような有様では、御大将の器量にあらずと思えるが、どうだろうか。

命をかけて、筋を通し、必死に取り組む日本人はまだ数多いるはずと思う。
その人たちの力を得られなければ、我らの国の行く末は成りがたい。
思うに、今が転換点であろう。
本当に志と能力がある人物を登用し、国難にあたっていただきたいと、関係者各位に心からお願いする次第です。