Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

柔らかい棘

「柔らかい棘」ベイン・カー。

アメリカにおける医療ミス訴訟を扱った法廷小説である。

主人公の弁護士は、医療訴訟を扱って疲れ切っていた。
妻と共に中米にリフレッシュ旅行にいき、「こんな仕事はもうやめよう」と決意して職場に舞い戻る。
そこに待っていたのは、個性的な女性依頼人
彼女の医療訴訟を断ろうとした弁護士は、相手の医師が、かつて自分が敗訴した相手だと知り、引き受ける気になる。
もちろん、依頼者の女性の個性的なスタイルを気に入ったためでもあった。
シングルマザーの彼女は、娘を抱えて、決して弱音を吐かない。
妻に「2度とやらないといったのに」と言われつつ「今度は別だ」と弁護士は返す。

やがて、依頼人が、実は既に癌が転移し、余命いくばくもないことを知る。
依頼人が死亡すれば、訴訟で得られる金額は大幅に減額される上に、依頼人の夫(3人目)はどうしようもない屑なのだが、この男に金はいってしまう。
娘には入らない。
そんな状況の中、なんと依頼人はメキシコの砂漠の中に「自分の魂を見つけるために」行ってしまう。
詩的な感傷はいいが、裁判には最悪である。
弁護士は、ついに依頼人不在のまま、裁判を開廷することになる。
彼は、ことの顛末にあきれた上司から、法律事務所を首になってしまい、独力で戦う羽目になる。
そこへ、やっと衰弱した依頼人が返ってくる。
裁判の証言をするためである。「私たちは、すべて間違っていた」と彼女は言う。
彼女が告げた衝撃の事実は、被告の医師がどうして「発見して処置して当然の癌」を見過ごしたのか?という疑問にこたえるものだった。
そして、その動機は、かつて弁護士が敗訴した医療裁判と同じものだったのだ。
よき家庭医として地域で評判の男の正体を、弁護士は陪審員の前で明らかにする。
そして判決。
もちろん、見事に勝訴したと思われたのだったが。。。

評価は☆☆。
かなり面白い。
訴訟という現実的な手続きをすすめる弁護士(悩みつつ、正義に燃えている)と、やがて死を迎えなければならない女性依頼人(娘に死期を告げ、死を受け入れる準備をしなくてはならない)は、見事に食い違う。
双方ともに、一所懸命なのである。にも関わらず、彼らはうまくいかない。
しかし、そのもどかしさは、やがて砂漠から帰ってきた依頼人親子の劇的な変化(すべてを知ったから)によって、大きく変わる。
そこからの弁護士の戦いは、読んでいて胸が熱くなるものである。

アメリカは訴訟社会であると言われ、日本では批判的な見方も多い。
たしかに、そういうストレスがあると、社会コストがあがって、うまくいかなくなる。
アメリカは、相当に不器用な社会である。
しかし、それら守銭奴の代表である弁護士にあっても、やはり良心はある。
日本人は、清廉潔白な人は欲が薄く恬淡としている印象がある。
しかしながら、妻子がいて、住宅ローンがあって、それを守りつつ、しかし良心を守るから、実は尊い
「無欲だから良いことをいう」のが、そんなに偉いとは、私は思わない。
多くの人は、そのはざまで悩むのである。
そして、その結果、自分なりの結論を出すしかない。
それによって、世間では批判されたり、逆にほめそやされたりもする。
本人の心のありようにとってみれば、それは関係ないことなのである。

ああ、たかが金。されど金。大いなる正義、されど、たかが正義。決めるのは自分だけである。
金銭はやっかいでもあるが、ありがたくもある。そんなようなものですなあ。