Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

書物狩人

「書物狩人」赤城毅

書物狩人とは、世に出てはまずい内容の書物を、政府や各種団体の依頼を受けてどんな手段でも入手してくるプロ、という設定である。
フランス語で、通名は「ル・シャスール」。狩人、という意味だそうだ。
フランス語でいうと、なんでもかんでも「らしく」聞こえるのは便利なのか、それとも西欧コンプレックスというべきか(苦笑)

本作は、その書物狩人の連作短編である。
なかでも、ローマ教会の枢機卿の依頼が面白い。

枢機卿が入手を依頼したのは、旧ソ連にあったギリシア語で書かれた古い福音書であった。
実は、新約聖書というのは、誰が書いたと定まったわけではなく、あちこちの聖書を取捨選択してつくったものなのだそうである。
よって、それ以外の聖書は「異端」とされている。
中世では、カトリック教会の権威を確立するため、異端狩りが大規模に行われ、ローマカトリック教会にとって都合の悪い福音書はすべて焚書された。
わずかに残った書物は、バチカンに門外不出として秘蔵されているらしい。
現在、正典とされているのはマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4つだけである。

旧ソ連にあった福音書は、衝撃的な内容であった。
初代教皇ペテロがイエスを裏切ろうとし、奇跡によって再臨したイエスによって改心してローマへ至り、初代教皇となったことは良く知られている。
ところが、その福音書は、本当にペテロがイエスを裏切ってローマへ下り、ローマ教会はその裏切りが露見しないように建てた目くらましである、と書かれていた。
これが公表されると、カトリックの正当性に疑問符がつくことは確実である。
かつて、ローマ教皇ピウス12世は、反共姿勢をあらわにしており、ナチスを支持したと言われている。
困ったソビエトは、この福音書を公表する、といって教皇を脅す。
そのため、ピウス12世は、それ以上のナチス支持をあきらめた、というのである。
この、ローマカトリックにとっていわくつきの福音書を入手するように依頼された書物狩人であるが、依頼者たるカトリック教会が彼を裏切ったことが明らかになる。
そこで、書物狩人は、その代償として、ある権利をローマカトリック教会に要求するのだった。。。

評価は☆。
なかなか、面白い。
書物に淫する人を「書痴」とか「ビブリオマニア」とか言うらしいが、まさにそれ。
本好きのはたまらない小説であろう。
ちなみに、それぞれの事件の背景で語られる事情は、それぞれ90%は真実だというから、そういう意味でも面白い。

ところで、ピウス12世の「聖マラキ予言」における呼び名は「天使的な牧者」。
ナチスドイツへ協力した人物を「天使的」とは、聖マラキもかなりアイロニーに満ちた人物だったというわけか。
次の教皇は、彼の予言によれば「ローマ人ペトロ」であり、これで「終わり」だと記している。
ベネディクト16世は、すでに高齢を理由に退位を表明しているからである。

世界には、いまだ戦争が絶えないが、その大きな原因は宗教的対立だ。
イスラム原理主義ユダヤ教ヒンズー教イスラム教など、言うまでもない。それ以外もたくさんある。
しかし、日本人は、宗教意識が希薄なので、これらの対立の根源を「経済的不平等」「反米」「反グローバリズム」などの経済的条件(下位構造)によるもの、と頭から決めつける傾向があるように思う。
実際、人が命をかける根源は宗教である。
経済合理的に考えれば、何があっても命あっての物種なのである。ましてや自爆テロなど、どう考えてもマイナスでしかない。
世界は、いまだに宗教で動いているのだが、その実感は日本人には持てないだろうと思う。
マルクス主義史観自体が、ひとつの宗教であり、控えめに見積もっても18世紀の欧州に始まった文化人類学的特徴のある世界観の一つなんだけどねえ。