Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

尖閣喪失

尖閣喪失」大石英司

一部に、読むマンガ「仮想戦記」なるシリーズがあって、結構な人気を博しているらしい。
内容はと言えば、シミュレーションゲームの実況プレイをアレコレ空想で肉付けしたもの、と思えばよろしい。
くだらないといえば、これほどくだらないものもないわけで、そこをわかっている某直木賞作家あたりは諸葛孔明が現代によみがえり海戦指揮をする、などという抱腹絶倒物を書いているようだ。
どうせバカバカしいジャンルなのだから、そこまで馬鹿馬鹿しいほうがいいだろう、ということだ。

歴史に「if」は禁物だと言われるわけだが、これらの仮想戦記の馬鹿馬鹿しさは、そのifが「とめどなくif」であることだ。
かつての高木彬光が書いた「連合艦隊ついに勝つ」は、ifが1点、という原則があった。もしもミッドウェイで雷爆換装をしないで、そのまま待機していたら?あるいは、ソロモン海戦で霧島に大和が随伴していたら?栗田艦隊が反転せずそのまま突入していたら?というものである。
そこから高木彬光が下した結論は、仮にそこで多少戦局が有利に動いたとしても、結局、日本は負けるだろう、ということであった。
歴史のifあそびは、この程度が許される範囲だろうと思う。

さて、本書だが、そのifあそびを「政権交代の空白を狙って、中共尖閣に上陸したら」というものになっている。
かなり周到な取材をしたようで、本書のifは上記の1点に限られるのだが、そうすると、そのあとの展開がすべて変わってくる。
結果、本書すべてが壮大なifになってしまうのだが、しかし、取材が綿密だったようで、違和感がないifになっているのは見事だと思う。
残念ながら、突然に孔明や信長、秀吉がよみがえって人民解放軍を撃退してくれる展開はない(苦笑)。

中共の日本駐留武官が、本国に帰る。
中共の国内は景気悪化、物価上昇、チベット騒乱で不穏な情勢である。
そこで、これらに対する策として「尖閣占領」が考えられるわけである。

中共は、まず市場で米国債の一部を叩き売って米国を恫喝し、米支ホットラインを通じて米大統領から「米国は、第一国境線の内側に艦隊を入れない」という言質をとる。
そして、まずはレーダーの視界を確認する先遣部隊を送り、その上で、レーダーの死角から漁船群に民間人に偽装した特殊部隊を接近させる。
日本側は、この企図を見抜いており、巡視船を遭難漁船の救助名目で周辺に集中するとともに、ヘリ搭載護衛艦を派遣。空中からも中共の活動を把握する。
尖閣周辺の海は遠浅になっているので、潜水艦の派遣は日中双方が断念する。
漁船群に対して巡視艇は放水して阻止、なおも島に近づこうとする漁船は機銃でもって破壊。日本政府は上陸阻止の姿勢を見せる。
しかしながら、中共はこの動きを予測しており、漁船の甲板上から特殊部隊フロッグマンを多数投入。
潮流に流されて数十人を失いながらも、残りの部隊が尖閣に上陸する。
我が国の巡視艇は、そのまま戦争になることを恐れて、人間に発砲できない。それを見越した中共側は、全員ほぼ丸腰であり、一発も打たないように厳命されている。
事態を重く見た政府の新首相は、防衛問題に詳しいといわれる石橋繁(笑)である。
戦後初の防衛出動を命ずるべきかどうか、逡巡した首相は、米国大使ナイを呼ぶ。
もしも第七艦隊が出動しないなら日米安保は破棄だ、基地は全部返してもらう、核拡散防止条約からも脱退し、核武装して自力防衛の道を歩むぞ、そのかわり中共が売り出す国債も今後発行する国債もみんな買ってやる、と脅しつける。
その上で、かねてより想定した「プロトコルA」を発動する。
魚釣島が占領された場合に、北小島と南小島に上陸し、ここに155ミリ野砲も陸揚げする。北小島、南小島からは魚釣島が射程範囲になるから、魚釣島奪還の橋頭保になるわけである。
その上で、もしも北小島、南小島に中共の攻撃がされたら、いやおうなく米軍はでてくる、という捨て身の作戦であった。

しかし、ホワイトハウスの回答は拒否だった。
たかが小島のために、米国は戦争できないという。日米安保は発動せず、日本は見捨てられた。
中共のエサは、米中FTAの締結、中共のTPP加盟、米国債の購入である。
首相はうめく。「こちらには、それ以上のカードがない」と。
本人も言うように、北方領土を見ても竹島を見ても、一度失った領土が戻ってくることはない。
今後、平和的な解決を希望する、という米国の声明は、実は「われ関せず」にほかならない。
苦い思いを胸に抱きつつ、首相は、歴史上最短内閣として総辞職の準備をするのだった。。。

評価は☆。
よくできた小説である。

今の自衛隊では、発砲しない相手を射殺する命令は出せない。
わが領海内での海保の妨害さえ耐えれば、上陸可能だ。
そうなると、事実上、日本は手を出せない。
実際に、日中がもし尖閣でぶつかれば日本の勝利だが、この小説のように丸腰で接近されたら手がないであろう。
発砲すれば、それは戦争である。そうなれば、米国が是認しないことには、納める方法がなくなる。
ふたたび国際的に孤立の愚を犯すことは避けなければならない。
本書に出てくる首相の苦い決断は、他人事ではない。
「それが、強国に挟まれた国の悲哀なのでしょう」

それにしても。
我が国の財政もはちゃめちゃですが、米国も戦争続きでヨタヨタ、中共バブル崩壊でバッタリという結末もありそうなこの頃。
ほんとにそうなったら、世界はどうなっちゃうんでしょうかね。