Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

宰相のインテリジェンス

「宰相のインテリジェンス」手嶋龍一。

この人の「ウルトラ・ダラー」は事実に巧妙にフィクション(小説だから当然で、著者の想像というべき)を付け加えた「インテリジェンス小説」で、ずいぶんビックリさせられたものだ。
本書の副題は「911から311へ」となっており、国家のトップの判断を左右するインテリジェンスに焦点を当てた作品である。

実は、イメージとは異なって、オバマはブッシュなどよりも、よほど爆弾をたくさん落とした大統領である。
小説の冒頭は、オバマがゴルフ場で、珍しく9ホールでゲームを上がってしまう場面から始める。
その日は、米軍の機密作戦で、オサマ・ビンラディンパキスタンに潜伏していることを掴み、最新鋭のステルスヘリコプター「ブラックホーク」が特殊部隊を送り込んでいる最中だった。
オバマは、パキスタン政府にも、作戦を通告しなかった。パキスタン政府内に内通者がいると睨み、情報漏洩を防ぐために、まったくの不意打ちを行ったのである。
作戦は成功したが、アクシデントでブラックホーク1機が墜落した。
仮にも「同盟」があったはずのパキスタン政府は、この米政府による「不意打ち」に不快を表明し、これをきっかけに支那に接近する。
ブラックホーク」の乗員は、機体を爆破したが、残骸がこうして支那の手に渡った。
最新鋭のステルス技術の一端を手にした支那は狂喜し、ステルス戦闘機「殲20」を完成させることになったのである。
中東に足を取られ続けてきたオバマ大統領は、それからしばらくして「アジア回帰」を表明した。
ついに、米国は支那の脅威を明確に意識したのである。

その米国の極東における足がかりは沖縄基地である。
米国は、沖縄基地の移転を固く拒否しつづけてきた。
しかし、日本政府は沖縄の住民負担が大きいとして、辺野古への移転を粘り強く交渉し続けた。
米国は、ようやく渋々辺野古移転案を了承する。
そこで民主党政権に、政権が交代した。
米国は「最低でも県外」を主張した鳩山首相がいるので来日に慎重であったが、度重なる要請にオバマ大統領が来日。
そこで鳩山首相は「トラスト・ミー」と請け合った。
国際合意を行った基地移転について、米大統領を呼んで請けあったのだが、地元の沖縄は猛反発。
鳩山首相は、大統領へのトラスト・ミーは、辺野古への移転を保証したモノではない、と前言を翻した。
オバマは激怒した。日本の首相が大統領に直接、食言したのである。
日米同盟にヒビが入った瞬間だった。

周辺諸国は、この流れを注意深く眺めていた。日米同盟の揺らぎを、見逃すはずはなかった。
そこから立て続けに、事態は展開していく。
北朝鮮の核実験、韓国のイミョンバク大統領の竹島上陸、そして尖閣諸島での支那漁船の体当たり。
その間も、二度とオバマ大統領が来日することもなかった。日米の信頼はそこまで損なわれていた。

そして運命の311。嘉手納の米軍はオペレーション・トモダチをただちに準備する。
かつての阪神淡路大震災の教訓から、日本の政権が大災害時に的確な指示を出せないことを見抜いていたのである。
日本政府の了解を得た途端、嘉手納から輸送機が飛び立ち、機能を停止した松島空港に夜間、無誘導での着陸を行う。戦場で慣れている米空軍でしかなしえない技である。
松島基地を再建し、そこから水没して機能不全になっていた仙台空港に特殊部隊を派遣し復旧させる。
仙台空港を物流センターにして、大量の支援物資を補給。その有様は自衛隊をして「脅威の物量作戦」「地上での作業が追いつかない」と言わしめた。
日本側が手間取っている間に、米軍は独自の情報網で孤立地区を特定、次々と物資を空輸する。
被災した市町村の首長が「米軍に来て欲しい」と悲痛な叫びを多数上げたことは記憶に新しい。
その一番大事な時に、菅総理は、「決断」することをせず、福島原発に飛んで現地スタッフを怒鳴り散らしていたのである。
その間、官邸からの指示は途絶えたままだった。

評価は☆☆。
事実をつきあわせて、情報の大切さをあぶり出していく筆力の高さは相変わらず。
ただし、あくまで「小説」なので、決して「報道」だと思ってはいけない。
むしろ、最前線での決断にあたって、すべての情報があるという事態が、あり得ないのである。
トップは、不確実な情報の中で、ギリギリまでエッセンスを突き詰めて、最後に決断を下さざるを得ない。
その突き詰められたエッセンスの情報を、インテリジェンスと呼ぶ。
本書の定義である。

だから、当然間違いも、起こり得る。
本書の中にもあるブッシュの「イラクに、大量破壊兵器がある」という情報も、間違ったインテリジェンスであった。
そして、フセインも間違ったインテリジェンスを持っていた。「米国には、武力行使の意思はない」と思いこみ、危険なゲームを続けてしまったのである。
日本の小泉首相も、それを信じて窮地に立った。
それでも、日本には米国に付いていなければならない事情があった。
911のとき、米国国務省は緊急避難するのだが、その避難先を同盟国である日本にだけは通知した。
その秘密の所在地を、田中真紀子外相がマスコミにしゃべってしまうという大ミスである。同盟の信頼を損ねる重大な行為だった。
のちに小泉総理はブッシュ大統領の別荘に招かれ、プレスリーのモノマネまでして歓心を買う。
その後の秘密会談で、小泉総理はブッシュ大統領に「一人で」来るように言われたのである。
「他の誰かが同席することを、ブッシュ大統領が拒否した。同席してほしくない人が、一行のなかにいる」
このことの意味を悟って、小泉総理の顔は引き締まったという。
たとえ同盟国同士であっても、苛烈な外交がそこにある。

慰安婦合意を、韓国が「再交渉」などと馬鹿げたことを言い出して、おそらく、次の大統領はそれを公約にしないと勝てないだろうと思う。
しかし、国際合意を破棄するということは、いったいどうなるか?
日本は、かつて鳩山総理がそれをやり、沖縄の反米感情に火を付けてしまった。パンドラの箱を開けてしまったのである。
パンドラの箱を開けたら、開けた人が始末しないといけないのだが、日本の総理はまったく始末できなかった。今でも苦しんでいる。
本書にも例があるが、民主党が開けた「核持ち込みの秘密合意」もそうである。パンドラの箱を開けたはいいが、それでどうするのか?
核持ち込みは以後、禁止なのか?認めるのか?いったい、どうやって確認するというのか?
箱を開けただけで、以後、何もしないで終わっているのである。子供がおもちゃ箱をあけたように、ただ開けて、散らかしただけなのだ。

間違いを犯さないことは難しいが、しかし、おもしろ半分に情報をもてあそぶことだけはしてはならない。
我々一般人にも、それだけは共通しているような気がしますねえ。