Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

A&R

「A&R」ビル・フラナガン

珍しい音楽業界の小説である。音楽業界にも色々あるが、この小説はレコード会社のドル箱であるA&R部門について描かれている。
A&Rとはポップス音楽での「アーティスト&レパートリー」のこと。
つまり、新人を発掘し、楽曲をあてがって(自作自演の場合は、良い曲を作らせて売れ線をシングル・カットする)売り出す部門のことである。

小説の冒頭では、弱小レコード会社に所属していたA&R担当のジムが、かねてから目をつけていたバンド「エルサレム」とようやく契約にこぎつけようとしていたところ、契約時の社長のやり方(姑息な値引きと権利放棄でサインを迫る)に幻滅して、競合の最大手レコード会社のワールドワイドにスカウトされるところから始まる。
この業界は、互いの腕利きA&R担当者の名前は知れ渡っており、転籍も珍しくない。ジムは、2年100万ドルの条件を得て、ワールドワイドA&R部門副社長の席を得る。
エルサレムは、部下となる女性ゾーイーが契約にこぎつけたが、エルサレム自身がジムとの仕事を望んだことが大きかった。
ワールドワイドは創業者で会社の株を売ったが、そのままワールドワイド会長として君臨する業界の大物であるドゴールと、その友人で社長のブースが仕切っている。
そのブースは、たまたまパーティに向かう途中で、自分のポケットにデモテープを入れてきた女性カントリー歌手を発掘し、大ヒットさせて手腕を証明する。
一方、ドゴールは友人にやらせている南米のリゾート地の開発に惚れ込んでおり、私財を投入している。
そのリゾート地にドゴール、ブース、ジムとカントリー歌手を連れて遊びに行き、ブースは大怪我をしてしまうが、アメリカにかえって回復するまで病床から会社の指揮をとる。
ブースは、こんな状態で自分が働いているのにリゾート地で遊んでいるドゴールに腹を立て、彼に対する謀反を思いつく。
経理担当重役のハミルトンを呼び出し、ブースは謀反を持ちかけると、ハミルトンは売上操作をする策を思いつく。
二人は、ドゴールを追放する策謀を始める。
何も知らないジムは、日々の業務に勤しみながら、ドゴールへの尊敬を抱き続ける。
ドゴールは、エルサレムのメンバーに自分のリゾート地を録音スタジオとして使わせることを思いついて、こんどはメンバーを連れて再び南米に飛ぶ。
ところが、そこでコカインに酔ったメンバーによる不幸な事件が起きてしまい、ボーカルの女の子が水難事故で死亡してしまう。
ドゴールはこのニュースで世間の非難を浴びることになるが、その機を逃さなかったブースは謀反に成功する。
メディアへの説明を受け持ったのはジムだった。
ジムは、ドゴールへの尊敬を失わず、思わぬコメントを出すことになる。
さて、彼の契約はもうすぐ切れてしまう時期になっているのだが。。。


我々一般人には馴染みの薄い音楽業界の有り様を、いきいきと描き出しところが本書の最大の特色だろう。
評価は☆☆。
たいへん、面白い。
また、ビジネスものとしても、周囲から名コンビと思われているナンバーワンとナンバー2の間で起こる謀反などは、定番ではあるが、それだけにリアルである。
本書のジムは、かなり幸運な結果を迎えることになるが、持ち株会社のゴキゲンを損ねた取締役の運命は哀れなものである。
なにしろ、一般社員と違って、保証がないのだ。社員としての席がなければ、失業保険も受け取れない。あるのは健康保険ぐらいだ。
退職金も、役員入りの時に社員分は支払われている。
役員の退職金は株主総会で決まるから、ようは、無一文で放り出されるのである。まあ、そういうときは外聞が悪いので、退職金は支払うことにしておき、「なお、贈呈の時期は役員会に一任する」でオシマイである。
後任の役員会が、先の取締役にカネなど払うわけもない。そんなことをすれば、今度は自分たちが持株会社のゴキゲンを損ねる。
ええと、つまり、そういう目に遭った人間としては(苦笑)たいへんリアルに感じるわけでありますよ。

本書にもあるが、もうロック音楽の主な仕事はグレイテスト・ヒッツ(過去のヒット曲の再発集)とボックスセットを売ることくらいしかない。
マイケルやマドンナ、プリンスのあと、時代を変えるスーパースターはいなくなった。
あとは「売春婦の練習をしたほうが良いような格好をしたティーンの女の子が踊る」音楽が流行っているばかりである。
個人的には、ロックは、ジャズやクラシックと同じく、もう成長はなく、過去をなぞるだけの、よく言えば安定した世界になったのだろう。
ロックのあとのラップやR&Bも、まだ伝説は生まれていないと思う。
すでに、世界はスーパースターを必要としなくなったのかなあ、と感じるわけですねえ。