Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

ノア・P・シングルトンの告白

「ノア・P・シングルトンの告白」エリザベス・L・シルヴァー。

この著者の処女作だそうである。ずしりと分厚い。
欧米作家は昔からタイプライターを使えるので、最初から日本の作家よりも分量を書けるのだ、と聞いたことがある。
今はパソコンの普及で、分量的には欧米作家と同等になっていても良さそうなものだが、どうなんだろう?

主人公はノア・P・シングルトンという38歳の女性。
すでに刑務所に収監されて10年になる。彼女は死刑囚で、あと半年で死刑が執行されることが決まっている。
アメリカの死刑は、Xデーがあらかじめ本人に知らされるのである。突然、というのは準備ができないので人道的でない、という考えのようだ。
まあ、死刑にしておいて人道的もクソもないと思うので、この問題はどうでもいい(苦笑)。

そのシングルトンのもとに、マーリーンという女性弁護士が訪ねてくる。
マーリーンはシングルトンが殺した娘のセアラの母親である。
セアラは殺害されたときに妊娠していた。
物語の舞台はペンシルバニアで、アメリカでは州によって法律が異なるのだが、ペンシルバニアは保守的な地区で人工妊娠中絶も基本的には殺人である。
医師が特別な許可を得た場合以外はダメなので、このあたりを日本の感覚で読むと理解できない。
つまり、シングルトンはセアラを殺したとき、胎児も殺したことになり、二人を殺害したから死刑である。
マーリーンは裁判のとき、つよくシングルトンの死刑を求めた。
そのマーリーンが訪ねてきて、今は死刑反対の立場にいるので、シングルトンの死刑を回避するよう州知事に請願を出したいという。
シングルトンはマーリーンを相手にせず、皮肉ばかりをぶつける。
実は、マーリーンは2つの目的があった。
一つは、セアラの殺害当時、ほんとうは何があったかを知りたいということだった。
シングルトンは、裁判で一切の自己弁護を放棄した。陪審は有罪を判断し、そしてシングルトンに死刑判決がくだされた。
事件当時のことを何もシングルトンは語っておらず、事件の真相は闇の中である。
もう一つは、シングルトンを最後まで苦しめるためである。
マーリーンは、本当は請願などする気はなく、それが無効であることも知っている。
しかし、そういう希望にすがって、最後の瞬間まで苦しむのが正義だと考えている。
ただ、これらの企みは、まったくシングルトンには通用しなかった。
マーリーンの部下の若手弁護士、オリヴァーは何度もシングルトンと面会して、シングルトンは無実の罪で死刑にされようとしていると考えはじめる。
シングルトンの裁判はひどいもので、彼女の弁護士はまるで無能だった。肝心の反論を行うことができなかった。
オリヴァーは、セアラの死亡時の所見で、血液検査のホルモン値に気づく。
それは、すでにセアラが妊娠状態ではない(流産か死産をしたあと)ことを示している。
そうすれば、シングルトンが殺したのは、最低でも一人であり、死刑は回避できる。
さらに、セアラの解剖所見では、銃弾の傷は致命傷でなく、死因は心臓発作だとなっていた。
マーリーンは、セアラは銃撃されたショックで心臓発作を起こしたのだから、シングルトンが殺人犯であることは変わりがないと考えていた。実は、セアラには心臓の持病があった。
しかしオリヴァーは、銃撃前から発作を起こしていた可能性が高いと考え、そうするとシングルトンは無罪である。
オリヴァーは、裁判の再審を求める意見書を作成しはじめるが、それをマーリーンに見つかり、クビになる。
マーリーンは、シングルトンを自由の身にする気などは毛頭ないのだから。

そして、シングルトンは死刑の前に、オリヴァーに手記を渡したいという。
マーリーンは、自分宛てに送ってくれれば、オリヴァーに転送すると最後の面会で言う。
シングルトンは、それが嘘であるとわかっていたが、ほかにどうしようもないのだから、マーリーンに手記を発送してXデイを迎える。
マーリーンは手記を受け取って、それをセアラの隣の墓地に埋める。
手記に記された真実は重たいものである。
シングルトンのミドルネーム「P」は、彼女が幼い友人を発砲事故で殺してしまったことの記憶のために、その友人の名前をつけていること。
発砲事故の際、第三者の事件を装ったのは、彼女の母親がかつて我が子を誤って落としたときに、911相手に行った偽装をそのまま再現したこと。
永く不明だった父親との再会と、その父親の努力を評価していたこと。
父親が娘と同じ年のセアラと付き合っていたこと。
その付き合いが母親のマーリーンの知るところとなり、シングルトンは二人を別れさせるように、マーリーンから依頼されていたこと。
そうするうちに、セアラが妊娠したこと。
中絶させるようにマーリーンから求められて拒否したこと。
父親がマーリーンに脅迫されて、違法に入手した中絶薬をマーリーンに飲ませたこと。
シングルトンがマーリーンに呼び出されて彼女のもとに行くと、マーリーンは流産に瀕していたこと。
そこで父親の裏切りをしったセアラが、あんたの罪もばらしてやると叫んだ。
シングルトンは誰にも言わない約束で、かつての殺人を父に告白していたが、父はそれをセアラに喋っていたこと。
もしセアラが喋れれば、父もシングルトンも殺人の罪に問われる。
そのとき、父に裏切られたショックでセアラが心臓発作を起こしたこと。
すぐに911を呼ぼうとしたが、そこでシングルトンは葛藤し、また偽装を行った。
そこで発砲が起きた。。。


評価は☆。
なかなか読み応えがあるのだが、前提としてペンシルバニアの法制度を理解していないと、日本人には理解が難しい部分がある。
今、大統領選挙で大激戦で話題の州になっているが、この州は本書にあるようにキリスト教保守派で有名なところである。
一方、北部の都市ということで、民主党もそれなりの勢力をもっている。だからスイングステートである。
最後は逆転で民主党のバイデンがとったようだが、どっちが勝ってもおかしくない場所なのである。

かつて犯した犯罪の償いをするために、死刑判決を受け入れるというのがベースにあるのだが、それだけではない。
そこには母親のトラウマ、父の裏切り(というか、定見のない男なのだ)があり、そんな父でも肉親の情が残っていたこともある。
彼女自身の人生の蹉跌もある。
人間だから、色々な背景があって、シングルトンは裁判をまともに戦う気力がなくなっていた。
しかし、この心情を、そのまま本書の主人公に感情移入して理解するというのは難しい。
畢竟、我々ふつうの日本人は、ここまで痛ましい人生の記憶がないだろうから。
日本人に理解しやすいのは「普通の人が、ふとしたボタンの掛け違いで、大それた犯罪に至る」というパターンなのである。
最初から、そうとうにエキセントリックな環境に生まれた人のことは想像しにくいのだ。
それが日本の良さでもあるし、反面、均質的で排他的な冷たい関係性を生んでしまう素地である。

この本は疲れた。次は、もっと楽なやつを読もう(苦笑)