Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

思考機械の事件簿1

「思考機械の事件簿1」ジャック・フットレル

本書を買ったのには、個人的ないわくがある。
私は、あるところで短編ミステリの歴史的名作「13号独房の問題」を知った。
何人も脱出不可能と言われた刑務所の第13号独房に、ヴァン・ドーゼン教授が「不可能はない」ことを証明するために収監される。
ここから「思考力のみで脱出してみせる」と宣言した教授は、収監にあたって、3つのものを持ち込むことを条件にした。
それは歯磨き、5ドル札1枚、10ドル札2枚、靴を磨くこと。
これらのものを使うことで、教授は第13号独房から見事脱出してみせる、という話である。
これを読むために、私はすでに絶版の創元推理「思考機械」をネットの古本屋で探し出し、ウキウキと読んでいた。
おりしも雨の日で、いつも自転車通勤の私は珍しくバス利用をしていた。
で、読書に励んでいたのだが、バスの揺れはちょいと読書には厳しい。目を休めているうちに、いつしかウトウト、、、おっと、いけねえ!慌てて停留所で降りたのが運の尽き。
そう、読んでいた本を無くしてしまったのだ。

くだんの「第13号~」は読んだ。しかし、他の短編も、ホームズものとは違った忘れ得ぬ味があった。
いつしか再読を、と思っていたところに、思考機械シリーズが再編されて発売されているのを知り、本書を手にしたのだ。
嬉しさと懐かしさが2倍である。

で、20世紀初頭の短編集で、今のミステリの水準からすると、まことに古色蒼然としている。
たとえば「余分の指」
ある日、腕利きの外科医のもとに上品な婦人が現れて、自分の指を一本切断してほしいという。
外科医がみたところ、その指には何も問題がない。外科医は、健康な指を切断することはできないと断る。
すると、翌日、指に大怪我をした婦人が運ばれてくる。くだんの婦人であった。
他に措置の方法がなく、外科医は婦人の指を切断する。
で、この婦人だが、実は、ある貴婦人の遺産を狙ってその貴婦人を殺害し、自分がその夫人になりすます為だった、、、という話。
ようするに健康な指を切断しろと迫った婦人の動機が謎なのだが、こんなもの、今の読者なら誰だって「なりすまし」のためしかないじゃん、と思うだろう。
しかし、本作が上梓された当時は、こういう動機の解明は画期的だったのである。
読んでみると、ホームズ譚とやや趣が異なって、あまり見事なトリックというものが出てこない。今では、ごくありふれている。
読者が知らない抜け穴や新発明の殺人器具まで出てくる始末だ(苦笑)
しかし、これらで本書をバカにするのは大間違いである。
当時は、今のようなミステリ様式が確率していなかった。
さらに、ちゃんと短編小説として出来あがっていて、読後感がよろしい。

実は、著者のフットレルは、あのタイタニック号に乗っていた。
彼は、ボートに愛する妻を押しやり、自分は船に残って亡くなった。
彼の作品には、そんな著者の人柄が現れている気がする。
それが、爽やかな読後感につながっているのかもしれない。
「13号独房」が典型なのだが、謎の提出が大げさで解法が陳腐なところが限界なんだけど。

そういうわけで評価は☆。
なお、本書にはあの「13号独房」は収録されていない。

それにしても、少し前に読んだ本でも、こうして短編などが編集されなおして、再読してみるとまた違った味があるものである。
子供の頃は、お小遣いが乏しかったので、気に入った本を何度も読んだ。
おとなになると、アレコレと手を出すので、よほど気になった作品以外に再読をしない。
考えてみれば、もったいないことではある。
ただ、おとなになると、自分の時間に限界があることを知るので、ついつい再読よりも未読作品を読んでおきたいという気持ちが入ってしまう。
もしも、人間の寿命が無限に近いものだったら、私はいくつかの本を再読しつづけることで、かなり満足して人生を送れるような気がする。
その再読する作品群のなかに、必ずホームズ譚は入るのだ。
ミステリの草創期の作品であるのに、ちゃんと現在まで通じる構成になっているのが素晴らしいと思う。
私のミステリ好きは、結局、ホームズに始まってホームズに終わるもののような気がするのですねえ。