Single40'S diary

「40過ぎて独身で」の作者が、あっというまに50代を迎えたブログ

弁護士アイゼンベルク 突破口

「弁護士アイゼンベルク 突破口」アンドレアス・フェーア。

物語の冒頭、女性テレビプロデューサーのユーディットは出張先のホテルのバーで隣に座ったちょっとイケメンの男と話がはずむ。
ユーディットはワンナイトラブの予感さえ抱くのだが、さらに同じバーのカウンターに、その日のオーディションに落選した若い女優が座る。
イケメン男と女優の会話がはじまり、なんとなくユーディットは忘れられる。ユーディットは失意したまま、ホテルの部屋に一人で帰る。
若い女優の女は翌朝、死体になっているのが発見された。
警察は犯人を捜索し、ユーディットにも刑事の聞き込みがくるが、ユーディットは「ほかに誰も見なかった」と証言した。
再会したイメケン男はユーディットの証言に感謝し、二人は一時、懇ろな関係になる。

やがて5年の時はたって。
ユーディットは数年ぶりの友人、弁護士アイゼンベルクと再会している。
そこに警察がやってくる。
ユーディットの恋人、ザントナーが爆殺された。爆発物はプラスチック爆弾で、携帯電話の着信で起動するようになっていたらしい。
その使い捨て携帯電話は、ユーディットが使ったものだった。
ユーディットは自分はやっていないと主張し、そこで居合わせたアイゼンベルクに弁護の依頼をする。
やむなくアイゼンベルクはこの弁護を引き受け、ユーディットのために私立探偵バウムを雇って独自調査を開始する。
警察はユーディットの犯行を裏付ける証拠の携帯電話を発見したあとは捜査を中止したからだ。
ユーディットにザントナーを殺す動機がないことに注目したアイゼンベルクは、ザントナーの背景を調査する。
すると、ユーディットのテレビドラマ制作会社のカネにまつわるドロドロした話が出てきた。
さらに、ユーディットのアリバイも証明されることになり、彼女は釈放されるのだが。
果たして、物語の真相はどうなのか?
事件は、実は5年前の殺人事件に対するユーディットの偽証に結びつく。


先日読んだ「弁護士アイゼンベルク」シリーズの2冊め。
一冊目は昔の恋人の物理学教授がホームレスになっており、その教授が犯人を疑われて、、、という展開だった。
ただ、道具立ては派手派手しいのだが、あまり物理学教授である必然性もなく、その種の人物にありがちな奇矯な性格もなく、、、という感じだった。
まあ、たしかにシリアルキラーといえば奇矯ではあるけどねえ。
なので、個人的には、こっちの物語のほうが落ち着いていて、いい感じであった。
評価は☆。
冒頭に登場する殺人犯はとっくに事件で死んでいたりとか、ザントナーの背後のカネ関係はあまりユーディットの濡れ衣事件には関係してなかったりとか、物語の収斂具合は甘いと思う。
しかし、現実の事件の捜査はあっちこっちによたよたするものなのだろうと思うので、これはこれで良いのかな。
前回の物理学教授が終身刑の囚人となってちらっと出てくるのは読者サービスだろう。
なんとか水準は維持していると思うので、次が出たらやっぱり読むと思う。
熱烈に待つわけではないが。

いつも思うが、欧米作家はこういう2つのストーリーが(過去と未来、あっちとこっち)響き合う小説を書くのがうまい。
日本の作家は、どんなに面白くても単線である。複線化されていない(笑)
これ、たぶん音楽もそうで、邦楽は単旋律、あっちのクラシック音楽はハーモニーを追求している。
日本のアイドルグループのAKBだの坂道だの、あんなに大勢の人が歌っているのにユニゾンである。ハモらない。パート分けしないんだね。
たった二人でもハモっていたピンクレディのほうがレベルが高かった、、、というと怒られそうだけど(苦笑)
このへんの話は、文化論とか、もっといえば技術進化論とかにもつながると思うのである。
匠の技の「すり合わせ」技術を磨き続けた日本は、結局、デジタル化してユニット単位の生産体制になったグローバル化に対応できなかったわけだからなあ。
グローバリズム批判もいいけど、根本の文化の相違のほうが大きいような気がする次第である。