「風渡る」葉室麟。
以前に「風の軍師」を読んだことがあって、その前日譚が本書だそうである。
それを最近知ったので、なんとなく読まないと落ち着かなくなって読んだ(笑)。
黒田官兵衛が丹波から出てきて秀吉の天下取りに協力し、本能寺の変を演出し、やがて九州に封じられるまでを描いているので、たしかに前日譚とは言る。
ただ、他の小説とは違うのが、キリシタンとしての黒田官兵衛=洗礼名シメオンに焦点を当てている点で、その宗教観が動機となって「神となろうとした」織田信長を討つべく、本能寺を演出した、ということである。
本能寺にはいろいろな説があって「キリシタン黒幕説」というのも確かにあるのだが、そこに黒田官兵衛をもってくるというアイディアである。
着眼点はなかなかおもしろい。
評価は☆。
本物の謀略とは誠意を持って交渉することだという官兵衛の言葉は一面の真実をついているように思う。
ただ、そのように「謀略」(あるいは誠意)の限りを尽くしても、うまくいくとは限らないのが人生である。
私見によれば、成功をおさめる人というのは、どこかで博打を打たなければいけない。博打の成否は、実はやってみないとわからない。いかに、駄目な場合のプランB、プランCを準備していても、おうおうにして、その通りに物事が転がってくれるとは限らないのである。
その博打を打つタイミングというか、めぐり合わせが成功かどうかを決めているように思う次第。やみくもに誠意を尽くしても、そのままでは人にうまく利用されて終わるままの人が多いのも事実であろうと思う。
しょせんは博打であるので、成否は神のみぞ知る。
なんというか、神の采配のようなものがあるか、あるいは複雑系ゆえの予想不能の成り行きがそう思わせるのか。
いまだに俄には結論が出せないことだなあ、と思っておるのですねえ。