Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

ペットの慰霊式に出席してみた

先日の猫のアンくんのお葬式をあげたお寺が、毎月1回、合同慰霊式を行っていると聞いた。くしくも、アンくんのお葬式の翌日である。ここでお葬式をあげたペット達にはすべて小さなお塔婆がもらえるのだが、それも慰霊式で法要されるという。そういうことであれば、なにかの縁であろうと思い、出席してみた。

 

まず、出席者は名簿に名前を記入する。初めての出席の由を受付の人に伝えると、名前を書けば僧侶が読経するときに名前を読んでくれるのだという。これは、豊川稲荷でも見たことがある、おなじみの方式である。いくらか布施がかかるであろうと(豊川稲荷はそうである)思ってたら、記名は無料ですという。お塔婆はいくらかかかる模様であるが、それは先日のお葬式でもらっているので必要なし。

記名を終わらせて、本堂に着席する。本堂の会場は、たぶん40~50名くらいの収容規模であろうが、ほぼ満席であった。どうやら、ふだんは常連さんが占めているらしい。僧侶から、本日始めて出席のかたもいらっしゃいます、と案内があって、なぜか恐縮する。

式がはじまり、僧侶が読経する中、参列者が順にご焼香。◯◯家△△の霊などと僧侶が名前を読み上げてくれる。もちろん、アンくんの名前もしっかり読んでもらった。全員が拝礼して式は終了。

 

月一度とはいうものの、これがすべて無料である。お塔婆は立てる人も立てない人もいるので、単に出席して愛しいペットの名を読経して読んでもらうぶんには、全くタダなのである。

こんなことができるのは理由があって、この寺は、一方で霊園ビジネスではしっかり儲けているからだ。しかし、私は、だから生臭坊主でけしからんとは全く思わない。思うに、この世で何かをするには、まずカネがかかるのである。これは、どんなお題目を唱えていようとも関係なく真実である。だから、多くの人は「まずカネを得て、その後に本望を叶えよう」と考える。そうして金儲けに邁進するうち、その本望を忘れてしまうのだ。やりたかったことなどどこへやら、となる。霊園で儲けているから、月に一度のペットの慰霊式は無料でできる。御仏の縁をつなぐきっかけになるであろう。批判されるべきにあらず。

 

人からみればたかが犬猫である。しかし、亡くした人にとっては、家族である。多くの参列者を見ると、実は誰にとっても死別という運命に逆らうことはできないものだと実感させられる。こんなに多くの人が別れを惜しみ、悲しんでいるのだと思った。その本人も、やがては別れを告げなければならぬ身の上である。

そういうことを感じた。

日本の仏教を「葬式仏教」と揶揄する人は多い。ですが、葬式ほど、御仏に近づく縁もまた稀であろう。ふだんは、そんなことを考えている人は少ないはずだ。みんな、ほとんど、月末のカネの計算、家族の悩み、出世や付き合いのことを考えて日を過ごしている。

葬式がきちんとできたら、その仏教は大したものだと思ってしまうのだ。