Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

発火点

「発火点」真保裕一

主人公は、9年前に、自らの父親を殺された経歴をもつ。殺人犯に殺されたのである。
なぜ、そのような事件がおきたのか。本人も真相を詳しくは知らない。

この主人公は、典型的な「クズ」である。
どこの職場で働いても長続きしない。口論すると、すぐに手が出てしまう。女性とつきあっても、ただ単に相手に求めるだけで、与える発想は思いつきもしない。
かれの鬱屈は、実は「父親を殺された」という過去を特別視されたくない、という意識から生じる、実は周囲に対する甘えと、実は事件のきっかけをつくったのは自分と母親ではないかという自責の念がないまぜになったものだ。
このダメ人間ぶりが、彼の内面から描かれる。彼なりの正義がいかに世の中に通じないか、彼のクズぶり(!)が前半の見せ場である。この描写力は圧倒的に素晴らしい。

かれは、ささいなことから雑誌記者に暴力を振るい、ついに警察のやっかいになる。
ここから、つきあっていた女性が妊娠していたことを知るに及んで、ようやく己の身勝手さ気付く。
それから、ついに過去の自分と向き合う決心をして、父親がなぜ殺されたのか、その真相を調べ始める。
そして、ラスト。
ついに、隠された真相が暴かれる。

真保裕一といえば、綿密な取材が定評で「連鎖」「奪取」「ホワイトアウト」などで知られる。
日本人作家としては珍しく、ストーリーテラータイプの作家だと思う。

この作品については、しかし、いつもの微に入り細を穿つ取材の上に構築した物語ではない。
この作者風の「人間観」というようなものが、明確に示された作品だと思う。
主人公の成長ぶりは、ある程度の年齢になった読み手であれば、みな頷くところだろうと思う。
そういう意味で、この小説は、コドモが読んでも面白くはなかろうと思う。
文学を仕事にしている人が読んだ場合は、過去の作者の作品と比較して、たぶん高い評価は得られまいと思う。
しかし、作者の友人にはもっとも評判がよいのだという。
その理由はわかる。
作者は、私と同年代である。
自分の成長史を投影して読める、苦い社会での経験をある程度積んできた人であれば、この作品を評価するだろう。
みな、昔はコドモだった。周囲に迷惑をかけつつ大人になったのだ。
コドモが批判してやまない大人になったのだ。

評価は☆である。
問題は、1回読むと、再読する気が起きないことである。
自分を読み直すような気がするからである。
そういうタイプの小説なのであろう。