Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

コカイン・ナイト

「コカイン・ナイト」J・G・バラード

バラードと言えば、「結晶世界」「燃える世界」「沈んだ世界」の「世界3部作」で有名な思弁小説の大家である。もっとも、単に「主流小説をSFスタイルで書いただけ。主流小説の世界では、この程度の小説は高い評価をされない」という批判もかなりあった(SFサイドから)。
現在のバラードは、むしろその主流小説家から高い評価を得ている書き手となっている。

主人公は、あるリゾート地にやってくる。それは、弟が、放火の疑いで裁判を受けることになったからである。ある邸宅でパーティ中に火事になり、5人も焼け死んだという。なぜ、そんなことになったのか?
ところが、調べていくうちに、火災が放火によることは疑えないが、弟が放火したとはどうも思えないことがわかった。動機もないし、彼が放火した証拠すらない。ところが、弟本人は、自分が犯人だと認める供述を行っているという。
主人公は、このリゾート地で放火事件の調査を進めるが、そこで見たのは犯罪の数々であった。窃盗、違法ポルノ、売春、レイプ、暴力、麻薬。ところが、住民は、なぜか被害届を警察に出さず、自警団が組織されていて治安は問題ないことになっている。
調査の過程で、弟と仲の良かった元プロテニスプレイヤーの男が浮かび上がる。
この男が、すべての犯罪を(直接ではなくとも)引き起こす犯人だったのである。
その狙いは何故か?
彼は語る。「リゾート地で暮らすこの住民達は、全く生の時間を生きていないのだ。私は、それを取り返す運動を行っているのだ。。。」
そして、主人公は、このテニスプレイヤーの男に感化されて、新しいリゾート地を「生き返らせる」プロジェクトに参加することになる。
最後のパーティの夜、すべてが明らかになって。。。

サスペンスと思弁小説の融合であり、なかなか面白く読めるのではないだろうか?
ただ、私は思うのだが、人生がだいたい事件や刺激に満ちていなければならぬ、というのは、ある種の偏った価値観ではなかろうか。
人間の一生で、そう毎日劇的な事件がおきるわけではない。他人から見れば、とるに足らぬつまらないことの方が多いものだ。たとえば、結婚なんて、本人にとっては大事件だろうが、世間一般でみれば事件ではない。客観的にみれば、多くの人の人生は平凡であって、その中で一つ一つの出来事を、本人が大事に生きていればそれで良いのではないか。
刺激がなく、TVだけを眺めて、財産があって、何もなすべきこともなく、ただリゾートで余生を過ごす。単に平穏な余生。それは、そういう生き方であるだけだ、と思う。
刺激ある人生を、そう素晴らしいとも思わないのである。

さて、評価は☆とする。
思弁小説とサスペンスの融合、という狙いは見事にあたっていると思う。
だから、小説としては悪くない。

ただ、私にはバラードを読む時代は、もう過ぎたのかもしれない。