Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

あなたの人生の物語

あなたの人生の物語テッド・チャン

本格的なSF短編集である。
「本格的なSF」というと、ハードSFを想起する人がいると思うが、そうではない。ハードSFというやつは、既存の物理法則を守ることがお約束なので、そういう意味では異なる。(表題作は、ある意味ではハードSFと言えるかもしれないが)
かといって、小難しくて眠くなるスペキュレイティブ・フィクション(思弁小説)とも違う。
あのニューウェーブ系の小説が、私は得意ではない。ディックは例外。あれは面白いので、思弁小説ではないと思う(爆)。

いくつかの短編が収められている。
冒頭の作品は、バベルの塔をえんえんと上り、さらに高く伸ばしていく工事人の話である。
その途中の描写が凄いのだ。
バベルの塔は、ものすごく高くなっているので、てっぺんまで登って下りてくるのに何ヶ月もかかるわけだ。すると、その間の運搬員やら工事人やらの食料とか水はどうするんだ、という話が出てくる。
そこで、必然的に、バベルの塔ではあっちこっちに住居が造られて、菜園が出来ていることになる!超高層マンションを遙かに越えた、超高層農村になるわけだ。
当然、ここに住み着いて子供を産んで育てている家族もたくさんいることになる。
こうなると、もはやひとつの巨大公共事業なわけだ。
そして、常に高く高く、工事は続けられていく。やがて、その工事はついに天の天井に届いて、、、という話。
想像力ありすぎな話で、ワクワクするのである。

表題作は言語学者が主人公で、初めて地球を訪れた異星人とのコミュニケーションをとることを軍から求められる。
彼らは奇妙奇天烈な形態をしており、7本足のタコのようなかたちをしている。目は、ぐるりと胴を取り囲んでいる。
つまり、彼らの体には前後の概念がないのである。
その彼らの文書を言語学者は研究するのだが、その文書が奇妙なモノで、図形のような表意文字(標識にちかいもの)がぐるぐると円形に描かれる。
なんとなくわかると思うが、つまりは同心円に描かれた曼荼羅のような。彼らには前後の概念がないので、必然的にこんな形の文書になるのであろう。
そして、さらに詳しく研究すると、時間の概念が人類とは違うことが発見される。
人類は、英語にせよ、日本語にせよ、文字は逐次書かれて、そのような思考形態をとる。つまり、物事を時系列的に捉えて、アタマでそれを再現している。
ところがヘプタポッドは違うのだ。
実は、物理学の波動方程式には、そもそも時間は出てこない。物理的には物質と時間の間には相関関係がない。
そしてヘプタポッドの世界では、どうやら、それを当たり前のこととして捉えているらしい。
すべての事象が未来と過去とが同時に(? 人間の表現の限界ですなあ)とらえられる。同心円の文章は「はじまり」も「おわり」もない。ただ「ある」だけだ。
そして、この言語学者はヘプタポッドの言語を有る程度マスターし、このテキストでは個人的な事情がヘプタポッドの件と並行して書かれている。
ヘプタポッド研究を通して知り合った男性の数学者と結婚したこと、娘が生まれたこと、その娘が20代で事故で転落死してしまうこと。その深い悲しみ。
それがヘプタポッド的文章で綴られる。
読者は、ヘプタポッドの顛末を知ると同時に、彼女の深い悲しみと、その運命の切なさを理解することになるわけだ。

そう、すべては同時並行的に語られる。。。


素晴らしいとしか言いようがない。
ちょっと、これ以上は思いつかない。小説の地平を捉えたと思う。小説を越えたメタ小説になろうとしているような。
評価は☆☆☆。
文句なし。大傑作である。
読んで良かった。読まずに死ななくて、ほんとに良かった。

SF小説の醍醐味は、やっぱりセンスオブワンダーだと思う。
じゃあ、そのセンスオブワンダーって何だ、ということになる。それを逐次言語で表現するのは難しい。
この短編集を読んだときのような感覚だ、とこたえるしかない。

絶対の自信をもって、オススメする作品であります。