Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

国家の品格

国家の品格藤原正彦

賛否両論、話題の書である。読んだのは既に半月前くらい。ちょっと思うところがあり、書評は控えていた。だいたい、考え方が固まってきたので、書いてみようと思う。

この本について思うのは、amazonの素人書評(レビュー)のひどさである。正直、読んでてがっかりする。この本に関して言えば、本書よりもamazonのレビューの批評をしたほうが遙かに面白い。つまり、それだけ誤読されやすい本であると思う。

私は市井の一中年独身男であるので、勝手なことをほざくわけだが、amazonレビューの代表的なやつについて、どう呆れたかを記しておこう。

「著者は社会学や歴史、文学に不勉強」→「数学者であるので当然。八百屋で魚を買おうというのか?それを言うなら、著者が論理の不確実性に言及した「ゲーデル不完全性定理」や「ヒルベルトの数論」をあなたは読んだのか。まったく見当外れ」

「武士道って、戦国時代にも先の大戦にも見られなかった」→「著者の言う武士道が江戸時代を指すことは読めばわかるはず。一般に武士道の成立は江戸中期以降。先の大戦については著者自ら「武士道に則っていなかった」と書いている」

「年寄りオヤジの戯れ言にすぎない」→「戯れ言が出版されるほどの人物になってから申せばよかろう」

「著者自身に品格がない」→「そういう批評がもっと品格がないように思う」

整理しておこう。
まず、この本は著者自身が米国、英国と留学した上で、日本の良いところだと思った点を「武士道」のような精神文化に求めて書いたものである。その根源を「情緒」と表現しているが、つまり価値観の相克(弁証法といって良い)から生じる論理中心の文化に対して、日本的な和と自律の文化の良さを説いた本であると理解する。つまり「ニッポンは素晴らしい文化があったのですよ」と書いてある。それは、著者がそう思ったので、思ったものは思ったのである。「思うな」と言っても、思うのものは仕方がない。「私はそうは思わない」というのなら、そう思わないと書いて出版すれば良いので(言論の自由だから)しかし、それを書評とは言わないだろうと思う。
ついでに言えば、著者自身が「非論理的誇張」だと書いているように「論理だけではない情緒の文化の素晴らしさ」を「論理的に」説明できたら、それは矛盾である。なので、本書中にキチンと「ゲーデル不完全性定理で証明されたように」とわざわざ書いてある。自己言及のパラドックスである。数学者として誠実な態度であって、本書をもって「独善的」で「社会学、歴史、文学の素養不足」などとコメントすること自体が、著者の学問的誠実さを理解していないとしか思えないのである。

で。本書の趣旨について。
著者は「金儲けさえすれば良い」あまつさえ「金持ちが偉い」という拝金主義的な風潮に危機感を覚え、「たかが経済」じゃないか、と喝破する。貧富ということと尊敬を受けるということは別だろうというので「武士道」を例に出した。つまり、著者が言うのは「武士は食わねど高楊枝」の心意気であり、そういう価値観そのものが、実は結果としては日本の繁栄を築いてきたもとになったのじゃないか、と。「目的と結果は別」であり「金儲けをしたいという目的」があるから「金持ち」という結果にならぬ、ということなのである。すまん、極めて実業的な読み方をしてしまった。私は、しょせん実業の世界の人間だから。
それで、この主張には大いに頷けるところがあるのだ。
拝金主義は、決して本当の豊かさを生まないと思う。

国家だとか「国を愛する」だとか言えば、またぞろロクなことにはならぬ、という考え方もあって、それはそれで大いに同意するところがある。しかしながら一方では、それをふまえて言うのも国家論であって、たとえばナポレオンはフランスでは英雄だがドイツやイタリアにとっては大悪党である。だからドイツやイギリスの教科書には悪口ばかり書いてあるそうな。だからといって、フランス人までが「ナポレオンは悪人でした」とは言わない。フランス人がイギリスやイタリアの立場になって考えられるという方が勘違いであって、むしろ違いがあるのが当然だ。そこで、国家について人が述べるときは、そのような事柄は「想定の範囲内」というべきである。国家論というものはしょせん不偏不党なんてあり得ないのである。あると思ってたら、その見解のほうがヘンテコであって、どっかに胡散臭いものがあるに相違ない。
私は日本人なので、日本を中心にしか国を見ることができない。その自覚があれば、別に問題あるわけではなかろうと思う。
この著者は、充分に自分自身が日本人であるということに自覚的であると思う。「今から極論を申します」といって述べる極論を、本質的には極論とは言わない。
もしも著者が、自分のことを「世界市民として」書かれた本なら、それは可笑しい。そんなことはないのである。

評価は☆☆。
充分に一読に値する書だと思う。特に、外国で仕事をした経験がある人であれば、頷く部分が多いのではないかな。ちょっと説明不足の感もあり、☆は2つにした。