Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

投入堂


もしも「命がけの国宝」があるとすれば、それは間違いなく三徳山投入堂である。
昨日、ここに60年ぶりに3人の一般参拝者が入ったそうだ。あまりに危険なので、普段は禁止である。

子供の頃、ここに家族で訪れたことがある。
麓のお寺で入山料を払い、輪袈裟を受取り、これを肩に掛ける。白タスキのようなものである。そして「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」と唱えながら、ひたすら山上の投入堂を目指す。途中には「馬の背」と呼ばれる難所があり、今では改良されているそうだが、私のときは両脇とも断崖絶壁であった。滑落したら終わりであって、事実、滑落する人も年間何名かいると聞いた。
あまりに恐ろしくて、いつしか六根清浄を唱えるのを忘れてしまう。膝が震えるのである。「下を見るな。足下に気をつけて、前を見て進め」と父親の声を聞きながら進むのである。
途中に、文殊堂などもあって、この縁も空中に張り出しており、一周すると恐ろしいものだ。

そうして、とうとう投入堂を見る。しかし、足下は急峻な崖であって、建物に近づくことは禁止されているから、ただ眺めて合掌するばかりである。不思議なことに、不信者の私でも、やっぱり自然と手を合わせてしまうのである。

創建年代は平安後期とされる。あの法隆寺よりも、わずかに後の時代に建てられたらしい。建築方法はわかっていないので、「役行者が法力で投げ入れた」という伝説があって、「投入堂」の異名をとる。日本の木造建築物として、山岳仏教の起源を伝える貴重な建物であって、しかもきちんとした神殿である。既に、渡来文化の影響から抜けて、自然と溶け合った実に日本らしい雰囲気をたたえているのがわかっていただけるだろうか。

私の父親は大工であったから、この投入堂に関する建築手法には並々ならぬ興味を持っていた。「おそらく、現物合わせだろう」と父は言った。「当時の測量技術では、それしかないと思うが。それにしても、垂直がきちんと出ているな」そして「修繕の機会があれば、なんとか手伝いしたい」と願った。しかし、それもかなわぬ夢で終わったようだ。
「このトシになっては役にたたんなあ」と言った。父の仕事に関する情熱をかき立てた建物でもあったようである。

なお、この三仏寺がある三徳山は、名水の地として有名で、麓の豆腐がうまい。これも、長く続いている商売のようだ。

世界遺産に登録しようという運動を、鳥取県では行っているらしい。しかし、世界遺産とはいっても、ずいぶんヘンテコなものも沢山あるし、にわか観光客があの清浄な山にどっと押し寄せるのもどうかと思う。
観光地ではなく、宗教の聖域として、大切にしていけばいいのではないか、と思うのだけど。

(写真は著作権放棄とのことで貼らせていただきました。雰囲気がよく伝わっていると思います)