Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

ウルトラ・ダラー

ウルトラ・ダラー」手嶋龍一。

日本初のインテリジェンス小説、というふれこみの本書。
なるほど、こりゃ確かに面白いと思った。

物語の冒頭は、昭和40年代の日本人拉致事件である。拉致されたのは、若手で腕の良い印刷職人ばかりであった。
そして、それから20年後。ダブリンに、超精巧な100ドル札が現れた。
偽札検知器にもひっかからないほどの出来映えであったが、その当の検知器メーカーが、検知器を輸出している先が平壌に通じているらしい。
それを追っていくと、実は意外な裏があった。。。
その真相を追うのは、英国BBC放送勤務のジェームス・ボンドみたいな人物なのだった(苦笑)。

まあ、ジェームス・ボンドは著者の洒落なんだろうと思う。
国際諜報の世界に生きる人物が、ドブネズミ色のくたびれた背広をきている中年男じゃあ、小説にはなりにくいだろうから。
それでも、インテリジェンスの世界をかいま見るには充分なものがある。

諜報というと、派手なアクションや銃撃戦を想像するわけで、この小説もラストにそういうシーンが用意されている。
だけど、そりゃジェームス・ボンド風の読者サービスなのである。
本当の見所は、なにげなく公開された情報のつぎはぎから欠落したピースを埋めていく作業を登場人物がこつこつ続けていくところである。
テレビ、新聞の情報をストックして、そこから真相を得る手がかりを発見する。
そして、多くのキーパーソンに接触して、なにげない質問から、その真相を探るのである。
もちろん、相手だってタダでしゃべってくれるわけはないので、代わりに情報を与えることになる。
これは、みごとに「業界」の構図である。
ライバルメーカー同士が展示会で、親しく会話している世界とそっくりである。
お互いに情報提供しながら、逆に情報を仕入れるのである。この腹芸が出来ないと、いつまでたっても他社に知己が出来ず、良い仕事ができないのである。

評価は☆。
つまらないメーカーの営業マン同士の会話に近いものがあって、なんとなく親近感を得たところで(笑)

本当のインテリジェンスの世界というのは、虚々実々であろうから、小説をひとつ読んだところで、そう理解できるものではないだろう。
佐藤優氏の著書のような迫力には欠けているが、小説はドキュメンタリーじゃないんだから、それは当然である。

本書の中で、明らかに間違いと思えるところで「モルトケが、日本の軍人を批判した」というくだり、「日本人は決断を強調しすぎる。重視しなければいけないのは、決断ではなく、その決断に至った論理である」「決断を重視しすぎるあまり、ややもすると結果論に流れ、結果が良ければすべて善という安易な礼賛になりやすい」と指摘している箇所がある。
モルトケが、日本の軍人を教育したことはないので、これはメッケルの間違いではないかと思う。ただし、メッケルはモルトケの弟子である。
なお、この批判の内容そのものに関しては、まったく異論がない。
「敵を討つべし」と盛り上がるが、そう大声で叫ぶ者に限って具体策がなく、ただ大声をあげるだけだ。
本当に勝ちたければ、粛々と情報を集め、正しい方策を見つけなければいけないはずである。この短所は、先の大戦で明白になったはずだ。

今の日本人を見ても、やはり同様の傾向があると思うのだが。。。