Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

狼花

「狼花」大沢在昌

この人の「新宿鮫」シリーズは新書になってから読んでいる。結構面白い。
この小説のおかげで、国家公務員におけるキャリアとノンキャリアの違いが一般国民に広く知れ渡った功績は大だと思う。

で、久しぶりの鮫。
今回のヒロインは明蘭という支那人若い女性である。日本にマッサージ嬢として出稼ぎにきたが、強い向上心をもって日本人と同じ日本語を話せるまでに上達する。
このヒロインが、過去のシリーズに登場した犯罪者、仙田の目にとまり、泥棒した品物をさばく盗品市場で働くことになる。
ここで事件が起こる。新宿に住むナイジェリア人が麻薬取引をしようとし(大麻樹脂)、それを強奪されてしまう。麻薬密輸入の男が、強盗にあってしまったわけである。

麻薬は、盗品市場に持ち込まれて換金される。明蘭は、石崎という最大派閥暴力団幹部とつきあっているが、石崎はもともと仙田から盗品市場を奪取するために明蘭に近づいたのだった。もっとも、本当に恋愛感情もある。
麻薬取引は鮫島の知るところとなったのだが、捜査指揮をとる同期キャリアの香田は、この事件を見て見ぬふりをしようとする。
外国人犯罪者を摘発するのは難しいので、暴力団に地下マーケットを仕切らせ、悪質な外国人を排除する。見返りに、多少の犯罪には目をつぶるということだった。
この裏取引に、鮫島は激しく反発する。
一方、盗品市場を失った仙田は元サクラと呼ばれた警察の諜報組織出身者であり、彼も激しく反発。
二人は、それぞれの思惑で、この裏取引を告発しようとする。
横浜中華街での石崎と香田の会見場に、鮫島と仙田は乗り込むことになる。


新宿は、今や日本最大の外国人ビジネスマーケットである。
風俗や飲食営業をする者は多いが、当然に地下社会の人間も多い。
一頃は韓国系、台湾系、大陸系の出身者が多かったが、今や本書に出てくるナイジェリアのように、もはや人種の坩堝状態となった。
日本人の警官では、捜査もままならないのが現状である。
だから、警察が、この本にあるように「時計の針を逆に戻し、ヤクザに仕切らせる」着想をもったとしても、なんの不思議もない。
問題なのは、新宿においては過去に何度も支那人と日本ヤクザの抗争があり、日本ヤクザの勢力がすっかり衰えてしまったことである。
理由は簡単で、外国人は貧しいからだ。「要銭、不要命」という人間ばかり。カネがないから、どのみち生きられない人間にとっては、仮に人を一人殺しても死刑にすらならない日本の刑務所は楽な場所である。
一方で、なんだかんだ言っても、豊かな日本で育ったヤクザは、無茶はやらない。
戦いは「死んでも構わない」と思った人間が多い方が勝つ。命の価値が軽い相手ほど、恐ろしいものはないのである。

評価は☆。
よく練られたストーリィと、明蘭というヒロインの存在感は図抜けている。
わかる人にはわかると思うが、支那から出稼ぎにきている人たちをよく再現できている。
負けたら死ぬ国から来た人間の心の強さは、鉄のようである。その強さがよく伝わってくる。この点、本書は出色である。
申し訳ないが、おとぎ話的な鮫島の恋人、晶よりも(なにしろ、才能あふれるロックバンドのボーカリストという設定)リアリティは格段だ。

ところで、私は銀座が好きで、よく行く。
ちょいと一杯ひっかける程度のことである。
そして、銀座は、外国人経営の店が非常に少ないエリアである。治安も良い。
なぜか?実は、本書に描かれているような裏取引があると言われている。銀座にヤクザは多いが、地元のF興行がちゃんと絞めているわけだ。

ソニービルの前に、でかい黒塗りのクルマが止まって、そこから護衛付きの幹部が出てきた。
横目でちらりと見過ごして、裏通りの小さく小粋なおでん屋さんのカウンターに入る。そこで一杯やっていたら、さっきの幹部が隣席で、同じく飲み始めた。
内心驚いたが、平静なふりをしていた。その幹部とおぼしき人物は、店内では実に静かなものだった。うまそうに酒を飲み、おでんを食った。
店の外には、さりげなく子分が護衛に立っているが、店内に入るのは野暮なのだ。
かくて、平和に酒を飲み、お先に席を立った。

自由なだけ危険もあるのが新宿、秩序はあるけどそれなりのコストを払わされる銀座。
さて、どちらが良いのだろうか?
「良いとこ取り」はできないのが、この世の掟のようである。
なかなか悩む選択だが、私は最近、銀座に足が向いている。年をとったということだろう。