Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

黥布

「黥布」加野厚志

項羽と劉邦」を読むと、物語のクライマックスに登場するのが韓信と黥布である。
韓信は戦争の天才で天下をつかみ取る実力があったのだが、みすみすその機を逃す男である。人間、謙虚なのは結構だが、度を過ぎると不幸になる。
いや、謙虚な人柄に不似合いな能力が備わってしまった場合は不幸になる、というべきか。
で、黥布というのは秦兵20万人を生き埋めにしたと言われる冷血で恐ろしい男で、土壇場で項羽を裏切り、最後は劉邦に滅ぼされてしまう。ただ、劉邦もこの戦いの負傷がもとで死亡するのである。
いくところ、常に災いを連れてくる男、それが黥布という男のイメージである。

で、本書は、そんな黥布像を書き換えようとした試みである。
だいたい、史書というものは「勝てば官軍」なので、勝った方を美化するものだ。歴史は勝者によってつづられるので、これは仕方がない。
実際の人物像は、そういう意味では分からないのである。
この著者の描く黥布は
・秦の始皇帝陵の工事に駆り出され、逃亡の罪を負って顔に入れ墨をいれられてしまう。もともと美男子だった顔を恥じて、もとの名の「英布」を「入れ墨」を意味する「黥布」に改名した。そんな男が、自分に入れ墨をした秦帝国を恨まないわけがない。
故に、打倒秦に立ち上がったのは当然である。
・義帝を殺したり秦兵を生き埋めにしたのも項羽の指示である。黥布は項羽をおそれていたのでやむを得ない。
項羽の殺戮好きな姿勢につきあいきれず、劉邦に走って裏切る。しかし、それは項羽の性格がおかしかったので、皆がそうである。なにも黥布だけが異常だったわけではない。
劉邦が天下をとったあとに、功臣の粛清が続々と始まった。黥布の挙兵は、そんな劉邦の猜疑心がもたらしたもので、黥布が天下を簒奪しようとしたというのは一方的である。
という感じである。
言われてみれば、まあそうかな、と思うところも多い。
結局、黥布は勇将、猛将の名を欲しいままにしながら、はじめに項羽、次に劉邦を裏切った。
二大英雄を両方裏切って苦杯をなめさせたのだから「表裏常なき男」と言われるのも仕方ないだろうし、一方で「傑物」であるのも確かであろう。
人間、なんだかんだといって、最後は「結果」で評価される。
「そんなつもりではなかった」と言っても通らない。
そして、世の中、「そんなつもりではなかった」のに、全く予想もしなかった結末に、えてしてなってしまうものである。
黥布も、そんな世の中に翻弄された男ではないかな、と思った次第。


結構おもしろく読めた。
今年の正月に、帰省中に読んだ一冊である。☆☆かな。

それにしても。
このトシになってきますとねえ。「そんなつもりではなかった」ことばかり、多すぎますよ(泣)