Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

野武士、西へ

「野武士、西へ」久住昌之。副題は「二年間の散歩」

 

著者は「孤独のグルメ」や「花のズボラ飯」といったマンガの原作で有名になった人である。
特に「孤独のグルメ」は大ヒットしたが、そのドラマで、最後に出てきて実際の店で飯を食っているのが久住氏である。
なんだか愉快そうなオッサンであるなあ、と思ってた。
だいたい、「孤独のグルメ」の主人公のゴローは酒が飲めないという設定なのに、自分が出てきて旨そうにビールを呷っているのはなんだ、と思うわけだ。
何がいけないって?いや、別にいいんだけどさ(笑)。

 

で、その久住氏が「事前にスケジュールを立ててルートを決めてあるなんざ、散歩じゃねえ!散歩っていうのはなあ、テキトーにぶらぶら、するもんだろが!」と啖呵を切って「オレは野武士だ、東京から大阪まで散歩してやる!」と始まったのが本書の企画である。
ルールはカンタンで、ひたすらテキトーに東京の神保町から大阪まで歩く。どうやら月刊誌の連載らしいので、歩くのは1日からせいぜい2日である。歩いたら、その駅で電車に乗って帰る。(駅までは歩く。散歩だから~
で翌月には、その乗車駅に電車で戻ってきて、続きを歩き始める、という具合である。
壮大な「ご苦労さん」という感じだが(苦笑)これは考えてみると、なかなかの苦行である。
なにしろ、距離がだんだん遠くなるので、後半はかなり早く東京を出立しないといけなくなる。必然的に、後半はだいたいお昼くらいに現地到着、そこから散歩して一泊、ふふたび翌日歩き出して、、、といったスケジュールにならざるを得ない。
散歩を越えて、旅になっているのであった。

 

そのルートも、自然と東海道をたどることになるのだが、歩いているうちに旧東海道をたどることになる。国道一号をえんえんと歩いても、趣がないからだ。
旧東海道を歩きながら、腹が減ったら飯屋に入り、山を見て民家を見て。たまに道に迷い、やっとたどり着いた駅で安心する。
名古屋を過ぎると道がわからなくなり、ついにスマホの地図を取り出して、あやうく山中に迷い込んだりする。
さらに、この2年間の間に東日本大震災が発生する。
著者は「オレの出番は復興のもっと後だ」と思いつつ、この散歩を続けるのである。
なにやらこうなると、一種の行者の趣がある。


評価は☆。
なかなか、面白かった。
といっても、普通のたとえば旅行記のようなものを期待すると、肩すかしを食わされることになるだろう。
大して事件といったものは起こらない。著者がいろいろなことを考えたり、夕方の夕餉のニオイをかぎつつ心細くなって夜道をたどったりするばかりである。
でも、それが良いのだ。
私は自転車が趣味だが、よくこういう「ルートも決めず、ぶらぶら」走ることをする。
そうすると、大の大人が立派に迷うのである。迷いながら、知らない街を見物する。
知らない街といったって、何か名所旧跡があるわけでもない。
民家があり、公園があり、いきなり高速道路に出くわしたりトンネルで怖い思いをしたりする。
暗くなってくると、今日オレはほんとに無事に自宅へ戻れるのか?と思ったりする。
心細さ。それでも手探りで進まなければいけない。
ちょっと聞こえてきた子供の歓声に心強くなったりする。
それは、どこか人生そのものに似ているのだ。
何も起きないようでいて、実は色々なことが起きている。あの街にも、この町にも、人々の暮らしがあって、圧倒されるような、切ないような感覚である。

たぶん、こちらがトシをとってしまった、ということもあるんだろう。
何も起きない日常が、最近いとしくてたまらないのですねえ。