Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

ハリー・オーガスト15回目の人生

「ハリー・オーガスト 15回目の人生」クレア・ノース。

 

正月の腰痛で起き上がるのも辛くなり、布団の中で読書三昧ということにした。文字通り寝正月である。
ゆっくり本を読むのが楽しい、ということを改めて発見。
そこで「アタリだ!」と思ったのが本書である。

 

主人公のハリー・オーガストは私生児として英国の地方に生まれる。
館の主人が、メイドの若い女に手をつけたのである。彼女は館を追い出され、貧困の中で駅の公衆便所で彼を出産し、そのまま死亡してしまう。
ハリーは館の使用人夫婦に子供がいなかったことから、自分たちの子供という形で養子に出される。
その後、第二次大戦が勃発。ハリーは軍隊に入るが、これという戦闘に巻き込まれないまま除隊。
以後、数学の教師として身を立てる。そして、そのまま亡くなる。
その後でハリーは、物心がつくと、なんと、また同じ英国におり、同じ境遇になっている!
わけがわからずにいるハリーだが、そこに「クラブ」から女性がやってくる。
なんと、ハリーのような「前世」の記憶を持ちながら、そのまま転生(それも、まったく同じ境遇、時間に生まれる。つまりは、人生を何度もやり直すことになる)する人たちの秘密クラブ「クロノス・クラブ」が存在していたのだ。
彼らは、思わぬ境遇でとまどう幼い転生者のもとにゆき、その人生を手助けする。
彼らは、その後の産業の隆盛や競馬の勝ち馬、大きな事件などを知っているので、うまくすれば、ほどほどに裕福な暮らしをすることができる。
未来のクラブには石に刻んだメッセージを残し、過去へは年取って死の間際のメンバーのもとへ、ようやく物心ついた6~7歳のメンバーが訪れる。そして、未来からの伝言を残すわけだ。
伝言を聞いたメンバーはそのままほどなく死亡するが、転生したときにその伝言を覚えているから、過去のクラブに伝言をすることが可能になる。
こんなクラブであるが、それでも規律はある。
それは、歴史を改変するような大きな事件を起こしてはならないことだ。
クラブのメンバーが、ちょっと裕福な暮らしをする程度なら問題ない。それは歴史の一コマにすらならないからだ。
しかし、大きな事件を起こしたら(たとえば、大統領を暗殺する。その大統領がまだ小さな幼児の頃であっても)歴史が確実に変わる。それは問題だ。
仮にヒトラーであっても、殺害してはいけない。

このルールに、挑戦する者が現れる。それはヴィンセントである。
頭脳明晰な彼は、万物理論を発見するための「量子ミラー」を構想する。
しかし、戦後すぐに生まれた彼は、素粒子論を知っているが、量子ミラーを完成させるためのテクノロジーがある世の中には生まれなかった。
そこで、ヴィンセントは、大企業に手紙を送り、その手紙にまだ実用化前のパソコン、マグネトロン、電子ビーム管の原理を詳細に教える。
さらに軍には水素爆弾の秘密を教える。
こうして、実際の歴史よりも遥かに早く、パソコンや電子レンジ、カラーテレビが登場する。
そのうち、未来から伝言が入る。「世界の終わりが近くなっている」
実際にヴィンセントが歴史に介入を始めてから、公害も異常天候も格段に増えた。
なんども転生を繰り返して異常に科学を進めるヴィンセントに対して、ついにオーガストは彼と敵対することを決める。。。

 

評価は☆☆。素晴らしい。

 

なんと秀逸なアイディアだろう!
人生をやり直す、という点では「リプレイ」などの名作がある。しかし、本書はそれらの先行する作品とは違う。
世の中を改編する(本人にとっては改善する)こと自体の正義については、たいへんに多くの疑問が残るところである。
そのため、主人公のオーガストの気持ちも最後まで揺れ動く。
それでも、ついにオーガストはヴィンセントと最後のケリをつけようとする。一種の復讐譚でもある。
転生を繰り返すことによる「時代を超えた戦い」の有り様は、我々の通常の想像を超えている。
なにしろ、命を取られる、ということがゲームオーバーではないのだから。
つまりは、相手を「生まれてこなくする」ことに尽きるわけである。
そのための「出生の秘密」を隠しきったほうが勝ち。
相手を出しぬき、騙そうとするやりとりがなんとも残酷で哀れである。

 

新年そうそう、素晴らしい作品を読んでしまった。
私も、難聴に悩まされるわ腰痛になるわ、まさに老境へとまっしぐら状態なわけですが、それでも、本は読みたい。
ようし、なんとか粘ってだらだらと生きてやるぞ(笑)と思ったことでした。