Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

どこかでベートーヴェン

「どこかでベートーヴェン」中山七里。

 

昨年に「さよならドビュッシー」を読んで、ミステリとしての出来はともかくとして、その音楽の描写が素晴らしかった。
同じ作者のシリーズで、古本屋で見つけて購入。

前作と同じ岬洋介主人公であるが、この作品は主人公の高校時代を描いたもの。
ピアニストにして名探偵、という得意なキャラクターが出来上がった最初の事件を描いている。
私なんかは、名探偵の高校時代の最初の事件というと、神津京介の「わが一高時代の犯罪」(高木彬光)を思い出して、あれは名作だったと思うのだ。
つまりは、ミステリ+青春小説という構造が可能になるわけである。
で、本書も同様。

ストーリーは単純で、高校生の「僕」(本作の語り手)の高校に岬洋介が転向してくる。
彼はイケメンで頭脳も明晰なので、たちまち女子生徒の人気を集める。
しかし、彼がピアノ演奏を披露してから、逆に敬遠されるようになる。
理由は、あまりに演奏が超絶すぎたので、自分たちが惨めに感じられたからである。
そのうち、岬をいじめる生徒が現れる。
ところが、その生徒が、ある豪雨で高校が孤立した日に殺害されているのが発見される。
彼は、早々に授業を抜け出しており、孤立した高校にはいなかったのである。
岬は、孤立した高校から倒れた電信柱を伝って脱出、ただ一人で外部に助けを呼びにいった。
そのおかげで生徒たちに救援がくるのだが、殺された生徒と岬以外に、誰も校外に出た生徒がいない。
殺された生徒と岬には確執があったので、彼が殺人犯ではないかと疑われる。
しかし、岬の父親が有名検事であり、警察は早々に岬を釈放する。
疑惑を払拭しきれないクラスメイトたちに対して、岬は真犯人を示すことで、自らの疑惑を晴らす。


筋としては単純で、取り立てて言うこともない。
トリックも、まあ、大したことはなくて、どっちかというと偶然の産物に近いもの。
本書のみどころは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ「月光」と「悲愴」の描写。これはすごい。なるほど、音楽を文章で描くというのは、こうするのか!素晴らしい。

さらに、岬をめぐるクラスメイトたちの反応も面白い。
普通高校に併設された音楽科が、実は普通科の落ちこぼれの受け皿であること。
しかし、生徒たちは多少音楽ができるというので「ナンバーワンよりオンリーワンの自分」という幻想に浸っていたこと。
それを、岬洋介の超絶ピアノ演奏が打ち砕く。誰が聞いたって、岬とクラスメイトの差は明白であって、つまりは「才能」の差を感じざるを得ない。
ここで、本作では存分に「才能の残酷さ」が示される、というわけである。

 

評価は☆。
なかなかおもしろい、と思う。

 

音楽小説というのは、めったに成立しない難しいジャンルなのだが、それをやってのけた作者にはブラボーだなあ。
ほかにもシリーズが出ているようだ。
見つけたら、また読むだろうと思う。