「熊と踊れ」アンデシュ・ルースルンド、ステファン・トゥンベリ共著。
スウェーデン発の大型ミステリというか、サスペンス物か。ハヤカワ文庫40周年記念に出版された。一言でいうと、すごい作品。なにしろ、この作品は、どうでもいいことだが、実話を元にしている。当時のスウェーデンを震撼させた連続銀行強盗事件である。
3人の仲の良い兄弟が主人公である。長兄がレオ。次男がフェリックス。三男がヴィンセント。父のイヴァンはトルコからの移民で大工仕事をしている。頑健な肉体と強烈な意志を持ったマッチョな男だ。酒飲みである。ある日、レオが近所の子供にいじめられて帰ってくる。そこで、父イヴァンはレオの特訓を始める。家の中に手製でサンドバックを作り、人の殴り方を教える。まず鼻をたたけ、そうすればかがみ込む、そうしたらアッパーだ、それでノックアウトだと教えて、繰り返し、その練習をさせる。
ある日、絡んできたいじめっ子をレオは練習通りにノックアウトする。父は大いに満足するが、母親は図書館司書で働くインテリであって、父のやり方に批判的である。子供に、そんなことを教えるべきではないという。
相手の親がクレームをつけにきて、母は話し合いをしようとするが、イヴァンは「子供同士で決着したことに、親が口を出すな」と主張し、文句があるなら親同士でやるか?と暴力を誇示する。相手の親は引き下がる。
しかし、この件がきっかけで、父と母は諍いが増えて、ある日ついに母が実家に帰ってしまう。父は子供を連れて母を迎えに行くが、そのとき、火炎瓶を用意していく。もしも母が帰ってこないなら、それは家族に対する裏切りだから制裁するというのである。
火炎瓶は投げ込まれ、母は大火傷を負って、父は服役する。
このとき、どの子供が父に味方したかで兄弟の記憶が食い違う。
長じてレオは父に強い反感を抱く一方で、兄弟の一致団結を重視する、実は父とそっくりな性格になっている。次男のフェリックスは兄弟の間に入って、すべてを冷静に観察するくせがついた。三男のヴィンセントは、素直な性格で、兄弟の言うことなら素直に従い、褒められると喜ぶ。それに、レオを尊敬する軍隊くずれの友人ヤスペル。
この4人が組み、レオの強いリーダーシップのもと、冷静なフェリックスの観察力、ヴィンセントの献身、ヤスペルの銃器扱いのノウハウが結合する。4人は、まず軍の武器庫を襲い、事件の発覚を逃れたままで大量の銃器を入手する。
そして、アシがつかないように、その銃器を事件ごとに使いすてにしながら、次々と銀行を襲うのである。警察は、手慣れた手口と見て前科者を中心に捜査するが、前科のない彼らが捜査線上に浮かぶことがない。
やがて転機が訪れ、このまま続ければ発覚するし、ここらで引き際だと考えたフェリックスとヴィンセントは、ためたカネで大学に復学する。しかし、レオはさらに事件を重ねたいと考えるようになっていた。一見冷静に見えたレオは、実は「父を超える」妄執に取り憑かれており、父が出来なかった事件を自分がやり通せるという考えにこだわり続ける。
次男と三男がどうしても参加しないのを見て、レオは他のメンバーを入れて銀行を襲うことを考える。それは、いったんはメンバーから追放したヤスペル、自分の愛人、さらに出所して酒浸りの生活をしている父イヴァンだった。。。
大部の上下2冊だが、ページを捲る手が止まらず、次々と読んでしまう。しかし、後半のレオの妄執が明らかになるあたりになると、読むのがつらくなる。当然のように、最後は破綻するわけだが、そのきっかけも父であるのが象徴的で、結局はレオという優秀な資質をもった兄が、いわゆる毒親を乗り越えるために道を間違った物語といえる。
評価は☆☆。
おもしろい。
実は、共著者のステファン・トゥンベリがこの事件の犯人の兄弟なのだ。実話では、実は4人兄弟で、2番めのトゥンベリはこの事件に参加していない。しかし、知ってはいた。スェーデンの法律では、犯罪の犯人が肉親でそれを隠しても犯罪にはならない。実際の事件は、長兄と三男、末っ子の四男が起こした。
もっとも、これらの知識は、本書を読む上ではまったく不要だ。恐ろしくも鮮やかで、そして心の痛む物語を繰り広げた3兄弟の話を読むだけでいい。
良い小説というのは、別に事実に基づかなくても良いものだから。