Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

脱獄九時間目

「脱獄九時間目」ベン・ベンスン。

 

作者は50年代の作家ということで、まさに古典なのだが、あまりメジャーな人ではない。本書が代表作ということだ。

 

舞台はマサチューセッツの重大犯専門の刑務所。そこに収容されている終身刑の囚人のランステッドとオークリーが、脱獄を企てる。同じく長期収容のちとアタマの足りない男を加えて、3人で脱獄するのだ。所外の協力者に、拳銃を2丁、うまく運び込ませることに成功する。そして、正看守の男が結婚式で不在の夜に、代役のアルバイト看守のグリントリーと、2か月後に定年を控えている老看守パーネーの二人を人質にとるのだ。

3人は、そのまま用意の縄梯子で塀を超えて逃走しようとしたが、アタマの足りない男が結んだ縄梯子は途中で切れてしまい、逃走は失敗。最初に縄梯子を上らされていた老パーネーは転落して片足を開放骨折する大けがを負ってしまう。3人は、やむなく所内に引き返し、自分たちが居た独房に二人の看守を監禁して、看守部屋に立てこもる。

そこから、主に弁舌のうまいオークリーが、外部との交渉にあたる。

 

ここから、外部の人間たちの思惑と脱獄犯のオークリー、ランステッド、さらにオークリーの弁護士も交えて、それぞれの人物の思惑が交錯する。

とにかく看守たちの人命を最優先にしたい刑務所長、ただちに突入して犯人を制圧するべきだという警察の機動隊長。新任の刑事部長パリスは、この二人の間に立って板挟みとなる。一方、とにかく脱獄したく、そのためには看守を見せしめに射殺するべきだと主張するランステッドに対して、オークリーはその実現性は低いと判断して、この立てこもり事件は刑務所内の環境改善を訴えるための義挙だと論理をすり替えて、マスコミに対して主張させるようにと言い出す。この主張に、刑務所内の医者が賛同するので、さらに事態は混迷する。

警察と脱獄囚たちは、それぞれ朝の8時を期限に切っている。警察は、8時までに降伏しなければ突入して射殺するというし、囚人は8時までに逃走用の自動車を準備できなければ看守を殺すというのだ。

事件は深夜の3時半に発生し、9時間目の12時半に解決するのだが。。。

 

古いスタイルの小説だが、なかなか良く練られた話で面白い。

評価は☆☆。

この人の代表作というのも納得。

 

こういう緊急事態というのは、人間の考え方を際立たせる、もっとも効果的なシチュエーションである。映画の「ゴジラ」でもあるが、市民の命を優先するのか、それとも犠牲を払ってもゴジラを討伐して、未来のさらなる被害を抑止するか。

ワクチン接種なども同じ問題があって、どんなワクチンでも副作用の大きく出てしまう人は必ずいる。ワクチンを接種しなければ、そういう犠牲者は出ない。しかし、接種しないと病気が深刻に広まって、死者が出る。実は「どの程度の犠牲者なら容認するか」という、ものすごく政治的な話になってしまうわけだ。「いかなる犠牲も容認しない」というのは格好いいけど、じゃあ、それによって「将来発生する被害」は黙認するのか。一方で「将来発生する被害、つまり、現在時点では存在しない被害のために、犠牲者を現在出すことは許されるのか」という問題もある。まさに、最後は「さじ加減」も含めて、究極の選択を迫られるのである。

会社の業績不振によるリストラなども、実に類似した状況があるだろう。

 

そんな状況にならないようにするのが一番なのだが。

私は、この年齢になっても、そんな状況になったらオロオロするタイプの人間である。そういう問題からは逃げまくってきたので卑怯な人間だ。そうすると、それなりの結果になるわけで、まあ、納得しているわけなのだなあ。