Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

昭和史の逆説

「昭和史の逆説」井上寿一

この著者の「アジア主義を問いなおす」を読んだときに、高邁な理想がいかにして悲劇へつながるか、あまりにリアリティのあるストーリーに圧倒されたことがある。
同書は、思うところがあって再読し、初読のときとはまた違った感想をもったものである。

その著者による新書で、つい購入。我ながら、すっかり術中に落ちたものであろう(笑)

著者は、昭和史を逆説の歴史とみる。(ここでいう昭和期とは、主に満州事変から大東亜戦争末までを指している)
いわく、民主主義が進んだ結果、ファシズムに落ち、平和を求めて戦争に落ちたのである、と。
そういう「複雑怪奇」な昭和史を、丹念に解きほぐす。

田中義一山東出兵は、英米との関係を修復したが、当然日中関係の悪化を招く。田中義一はなんども「不拡大」を表明するが、これに失敗して退陣。
浜口雄幸ロンドン条約締結では、実はイギリスがうまく調停し、加藤友三郎ともども排水量計算し「対英米6割9歩」であったこと。つまり「対米7割」を主張する日本海軍と、逆に6割を主張する米国議会の間をとって、双方に「ここで飲めねばおしまい」という案であった。浜口内閣はこの条約に成功するわけだが、それによって軍部にかえって不満が鬱積していったこと。
我々はよく「英米」というが、その当時、米と英は決して一枚岩でなく、対立があり、英国側からも日英同盟の復活を望む声すらあったこと。
国際連合脱退は松岡代表の本意ではなく、なんども本国に再考を要求しているにもかかわらず、本国政府がそれを拒否したこと。
当時の政友会と民政党が、それぞれ政党の党利党略で動いており、そのために一貫した政策を打ち出すことができず、これに国民が失望して政党政治の衰退を招いた、そこに近衛の「新体制運動」が出てきて大政翼賛会の結成となる。
しかし、大政翼賛会はまったくうまくいかず、大東亜戦争の前にはすでに破綻していたこと。
鈴木貫太郎内閣は、発足当初から「終戦」をするための内閣であって、降伏は原爆やソ連侵攻前に既に決まっていたこと。

私なぞは、中学校の歴史以来「松岡の頓珍漢のせいで日本は国際連合脱退、そのくせ意気揚々と帰国してきた破廉恥漢」という「東京裁判史観」そのままに受け取っていたので、松岡の対米協調、国際連合脱退反対は意外であった。

評価は☆☆。またもや充実した内容の良書である。と同時に、歴史が一面的な「評価」で語ってはいけないものであるとの念を深くした。

本書を読んで思うことだが、指導者達は、その時点ではそれなりに当時の環境の中で、最善と思われる決断を下したようにしか思えないのである。
しかし、何故国を誤る方向へ転落してしまったか?
いくつか要因はあるが、一つは軍にシビリアンコントロールという概念がなかったこと。内閣は、つねに軍とのバランスをどうとっていくか、非常に苦慮している。これは、大日本帝国憲法の構造的欠陥であろう。
もう一つは、当時の世論を形成するマスコミが、或る意味で政府批判・政党批判に終始し、その結果として戦争を煽っていったことである。今のマスコミは、戦争を煽ったことは記憶しているとみえて、とにもかくにも「戦争反対」のキャンペーンを張りたがる。それはそれで大いに結構なのである。しかしながら、その前の段階として、政党政治を批判するあまり、国民に「政党はダメだ」という考えを植え付けてしまった点は大きい。折から昭和恐慌がおき、出口を失った国民経済は戦争景気を求めていくのである。
当時、「もう民主主義なんてダメだ」といえば、あとは軍部しかないのである。

振り返って昨今、いかに我が国経済が不況に沈もうとも「戦争をやればいい」と言い出す国民はごく少数以下である。その意味では、日本国民は歴史に教訓を学んだ。しかしながら、政党政治へ絶望しても、軍部という逃げ道はないのである。いっそ「戦争よりはまし」だとしてグローバリズム肯定に走るほうが理にかなっている(と私は思う)のだが、それではイヤだという国民は閉塞感がつのる一方であろう。
現代のニートが「いっそ戦争でも」と考えたとして、それを政治の不作というのは簡単であるが、そもそも政治に期待できないというメッセージを発し続けるマスメディアに責任はないものであろうか?と思う。
こういう言い方をして良いのかどうかわからないが、そんな絶望をまき散らすよりは、まだしも「ウソでも良いから希望」を述べたほうが良いような気がする。

なるほど、そう考えると「民主党に政権が変われば、世の中はすべて良くなる」などという論調であっても、それなりに「過去の反省」を踏まえたものかもしれないな、と思う。

え?!そんなわけがないじゃん?!いや、そうなんだけども、それを言っちゃあオシマイでしょ。次がなくなる。グローバリズムの世界で勝ち残るしか方法はありません、などと言ってしまったら、身も蓋もないじゃないか。
それがどんなに真実だとしても、である。