Single40'S diary

「40過ぎて独身で」と言ってる間にはや還暦のブログ

大君の通貨

「大君の通貨」佐藤雅美。副題は「幕末円ドル戦争」

我々は、教科書で「幕末に、日本と外国の金銀交換比率が違うため、大量の金が流出した」と習った。
しかし、その実際については無知である。本書は、丹念な取材によって、その事情を解き明かした本である。

小説は、英国公使のオールコックが日本に赴任するところからはじまる。
オールコックは、手持ちの金を交換し、横浜で買い物をしたときに、日本の商人のがめつさに呆れる。
しかし、実際は、彼らが交換した通貨「二朱銀」は、一分銀の半分の貨幣価値しかなく、いわば物価が彼らにとっては2倍になっていたのである。

この「安政二朱銀」は、米ハリスとの交渉で、金の流出に危機感を抱いた幕府が、貿易専用に鋳造したものであった。
当時、米英はメキシコ銀貨を貨幣として使っていた。このメキシコ銀貨の銀含有量は、日本の一分銀の3倍にあたる。
日米和親条約は、貨幣に関して「同重量の金、銀と交換される」と定められていた。
ところが、日米では、金銀の交換比率が違う。日本は4進法であって、4朱=1分、4分=1両(小判)であった。
英米では、メキシコ銀山が大量の銀を算出していたために、銀16=金1であった。
銀の重量で評価した場合に、日本の一分銀はメキシコ銀貨の1/3しかないから、1ドル銀貨で3分に両替される。4ドル両替すれば、12分となる。
日本は4進法であるから、12分は3両に相当する。
本来は銀貨16枚(16ドル)集めて、やっと金貨1枚になるものが、日本で両替するだけで、なんと12倍になる計算である。
これは、単に日米の金銀交換比率の上に、いわゆる表記貨幣と秤量貨幣との違いであった。

日本の財務当局は、江戸時代中期にはひどい財政不足に悩んでいた。
そこで、貨幣の改鋳という手段を発見したのである。銀貨の品位を実際よりも落として、しかし「一分」と刻印することで、幕府の信用で貨幣を流通させる。
いわゆる「貨幣発行益」を手にしていたのであった。
当時は金本位制なのだが、その金の裏付けなくても(実際には、それだけの金と交換する価値がない)銀貨を発行でき、財政を救ったのである。

しかし、外国との貿易では、この手は通用しなかった。

オールコックは、同重量の銀貨との交換を拒否しようとする幕府に対して「なんと未開な」と憤慨する。
しかし、彼は帰国後、英国政府の経済顧問から、日本の幕府が世界ではじめて「表記通貨」を発行していたことを知らされる。
オールコックは、自分より先任していた外交官であるハリスがこの件を知らなかったことに不信を抱く。
実は、ハリスは、早くにこの事実に気がつき、しかし自分の私腹を肥やすためにあえて気がつかないふりをしていたのだった。
ハリスは、おかげで、ニューヨークで過ごす安楽な晩年を手に入れた。
しかし、外交史に残る「武力行使を伴わない開国条約」という偉業は、この行為のために無視されることになる。

評価は☆☆。
たいへん面白い。
特に、幕末の「下級士族の反乱」が、この通貨戦争に関係有るという指摘は鋭い。

幕府は、この問題に悩んだ挙げ句に、オールコックの「ならば、金の価値を3倍に上げればいいではないか」という提案にのってしまう。
今までは、4分で1両に交換していたのを、3倍の12分で1両にする。手数料を載せれば、ほぼ16分であり、つまり1ドル=1分になって、金の流出は止まった。
かわりに、何が起こったか?
金本位制のなかで、金の価値をあげると、そのぶん物価があがる。なんと物価が3倍という、200パーセントを超える猛烈なインフレになってしまったのである。
商人は、仕入れの高騰を販売価格に転嫁できる。しかし、士族は、先祖伝来の土地で、石高をもらっている。石高は増えないのである。
もちろん、米価も上がるのだが、米は1年経たないとできない。その間の物価高騰に耐えきれないのである。
これは、現在のインフレの問題である「物価が上がっても、給料はすぐに上がらない」と同じことである。
狂乱物価で生活が困窮した武士は、幕府に対する不満を募らせた。
そして、これを押さえ込むだけの財力は、通貨発行益を失った幕府にはなかったのである。

現在では、金本位制はなく不換紙幣を発行しているから、このような単純な通貨発行益はないものと考えられる。
その代わりに、自由な通貨交換が成されている。
小説中にも、4分と1両を交換するはずの日本の商人が、外国商人との交換相場をつり上げていく場面が見られる。
仮に8分と交換しても、彼ら英米人は倍になる。そして、日本商人も、銀8分を手に入れれば、儲けは倍になる。
幕府の規制をかいくぐって、闇で行われた「自由な交換」は、皮肉にも政府の条約改正よりも先に、金銀の交換比率を是正する方向に働いていたのだった。

おりしも、東日本大震災に対する復興資金調達として、日銀の直接引き受けによる復興債の発行が検討されているようだ。
緊急時であるから、そのような措置もあり得るとは思う。
ただし、その結果、どのような結果が起こるのか。正直、いろいろと考えるところではある。
今の景気で、単純な増税に耐えられるのか、あるいは将来世代への負担にするか。
復興対象地域の高齢化が著しい場合、再建しても将来にわたって経済的には回収できない可能性だってあると思う。
まだまだ、問題は山積していると思うのだが、政権は、いまだ復興関連法案の準備中である。
迷うことの多い課題だと思うが、早く決めなければならないことも山積のはずだ。
信頼性のある政府でないと、そこが厳しいのかと思ったりするのですなあ。